自分の小さい頃にそっくりで共感しました。
私も自分の中に“人”を飼っていて、その子とよく会話してました。
自分の中にいるその子とだったら饒舌になる私でしたが、現実では問題児。
劣等感ばかりが募り、生きる希望を無くします。
ふわふわと漂う自分
という物体、当時は痛みすら鈍感だったと思います。
「死ね」と言ってきた同級生に対し、「だったら殺してよ」と言う始末。
勉強も運動もできない、すぐに癇癪を起こす、そんな私は中学すら行けないのでは…と思われ、高校までエスカレーター式である私立の中学に入学。
当時はどう振る舞えば良いか、癇癪を起こしてはダメという概念ができていたため、そこそこ友人ができました。
“落ちこぼれ”というレッテルを持ったまま中学時代を過ごしましたが、高校になると環境が変わり、成績も少しずつ向上。
小さな部活ですが先生から部長を任されるほどになっていきました。
それでも自分というものを見失っていた私は、自分のことを知りたいと思い、大学で福祉を学びます。
発達障害等目に見えない障害の勉強をし、なんとなく自分の特性が見えてきました。
社会福祉士を取得し、今は重症心身障害児が通所する放課後等デイサービスにて勤務しています。
この本を読んで何か懐かしさと、改めて何かしらのハンデがある方にできることがあるのでは、と感じさせられました。
ありがとうございます。
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