向こうの人【電子限定描き下ろし付き】
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向こうの人【電子限定描き下ろし付き】

上野ポテト

作者買いです

ネタバレ
2025年12月31日
このレビューはネタバレを含みます▼ 佐野は28歳の平凡な会社員。傷付きやすい心を守るため、今日も周囲への警戒と威嚇を怠らない。しかし傷付かないための守りは、知らぬ間に彼を周囲から隔て、孤独にしてしまった。自分を守ることで一杯の彼の心の中に、他人の入る余地はない。

人気俳優の成海は、佐野と同い年。子役からの芸能生活で洞察力を磨き、常に状況を俯瞰して、自分をコントロールする術を身に付けた。周囲の期待通りの自分を演じ続け、上手く立ち回れていたはずが、スキャンダルを捏造されて謹慎を余儀なくされる。

精神的に弱っていた成海は、素性を明かさずやっていたSNSで、初めて弱音を吐いた。5年前からメッセージのやり取りをしていた佐野は心配して返信する。そこからオフ会の流れになる。

佐野も成海も、傷付きやすい自我をそれぞれの方法で守り続けた先で、行き詰りを見せていた。しかしそれも、2人の関係がネット上から素性を明かしての対面へと進んだところから、変化を見せ始める。

自分を雑に扱う周囲の人々に不満を感じていた佐野は、成海が自分の価値を理解してくれることが嬉しかった。だから仲良くしてくれるのだと信じたかった。成海の気持ちを知りたいという欲求が、自己防衛本能を上回って、ようやく彼は一歩前進できたのだと思う。自分を客観視したり、相手の気持ちを考えたり、慣れない経験を重ねながら少しずつ変化して、ラストでは守りに入ろうとする自分を「うるせーっっ!」「知らねーっっっ!」って弾き飛ばして、成海に会いに走る。

一方成海は、切り捨て続けて見失ってしまった自分自身を、少しずつ佐野に引き出してもらっているようでした。人に話すような不満などなかった成海が、佐野の中に少しでも自分以外の存在を感じると不満を感じた。ワイングラスが無いと知って浮かれたり、佐野に話せる同期だと紹介された三谷にマウントを取ったり、自分の気持ちを察してくれない佐野に逆切れしたり。恋をして現れた制御不能の自分に戸惑いながらも、嫌ではない様子。

最初はこの2人の間に恋が芽生えるなんて全く想像できなかったのに、今は驚くほど納得している自分がいます。自分の見たくない部分を見せつけられて読むのがしんどいところも多かったけれど、読み返す度に少しずつ、そんなところも愛おしいと思うようになります。一周廻って自己肯定感が上がるかもしれない。是非ご一読を。
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