このレビューはネタバレを含みます▼
読み始めてすぐに、ただのスポーツ漫画ではないと感じました。『奈緒子』第1巻は、“走る”ことが物語の中心にありながら、その奥にある「罪」「約束」「赦し」というテーマが静かに息づいています。ページをめくるたびに、登場人物たちの心の傷や想いが波のように押し寄せてくる。
物語の舞台は、長崎県・波切島という小さな離島。穏やかな風景の中に、少年・壱岐雄介が走る姿があります。その走りには、ただの部活動とは違う“覚悟”のようなものが感じられる。父・健介を亡くし、その死にまつわる過去が、彼の走る理由と重なっているのです。
そしてタイトルにもなっている少女・篠宮奈緒子。彼女の存在は静かでありながら、雄介の人生を決定的に変えた人でもあります。幼いころ、海で溺れた奈緒子を助けようとして命を落としたのが雄介の父。その「死の原因」を自分のせいだと抱え続け、何年も経ってから島を訪れる奈緒子の姿には、痛々しいほどの後悔と誠実さがあります。彼女が雄介に「あなたのお父さんを殺したのは私です」と告げるシーン――あの一言に込められた勇気と苦しみは、第1巻最大の衝撃でした。
雄介はまだ高校生で、無鉄砲で、まっすぐ。けれど、心の奥では「走ること」が父への鎮魂であり、奈緒子への想いの形でもある。誰もが“走る理由”を持たない中で、彼だけが痛みを背負って走っている。その孤独さが胸に刺さります。
印象的なのは、走るシーンの描写です。風の流れ、足音、呼吸――中原裕さんの筆致がとにかく生々しい。走ることが苦しいのに、雄介の顔にはどこか解放感がある。まるで走ることで過去と向き合っているように見えるんです。読んでいる側も、思わず息を止めてページを追ってしまう。
物語としてはまだ始まりにすぎません。陸上部の仲間たちも登場し、これから雄介がどう成長していくのか、奈緒子との関係がどう変わっていくのか――すべてが“序章”の段階。それでも第1巻だけで、人物の深さと物語の重さがはっきり伝わってくるのは見事だと思いました。
読後の余韻は、静かな海のようです。波が引いたあとに残る“ざらり”とした感情。痛みと希望が同時に残る。読んでいて、「この物語はきっと簡単にハッピーエンドにならない」と直感しました。けれど、それでも続きを読みたくなる。走り続ける雄介の姿に、自分の人生を少し重ねたくなる。