能でしか生きられない男と、能でしか活路を見いだせない小藩。
藩の命運をかけ、少年は舞った。直木賞作家の新たなる代表作
藤戸藩の道具役(能役者)屋島五郎の長男として生まれた剛は、幼い頃に母を亡くし、嫡子としての居場所を失った。
以来、三つ歳上の友・岩舟保の手を借りながら、野墓と呼ばれる河原で独りひたすら能の稽古に励む日々を送っていたが、さらなる不幸に見舞われる。
頼みの綱であった保が切腹を命じられたのだ。
さらに藤戸藩の藩主が十六歳で急死し、剛が身代わりとして立てられることに。
その理由は、保の遺志と、小藩にとって唯一大名たちと近しくなれる術は能しかないという事情があった。
剛は身代わりを引き受け、江戸へ上がる……。