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私は、この本では『善の研究』の成立までだけを扱うことにして、第一部では若い西田の伝記をできるだけ正確に組み立てなおし、第二部で、『善の研究』を哲学的に検討したうえで、それの思想的位置を明らかにしようと考えた。書いてゆくうちに、調べておいたつもりの伝記的事実について、細かい点にかんする疑間がつぎ,つぎにあらわれて、そのたびごとに細かい考証をしなければならなかった。そのような難航をつづけているころ、船山信一氏の御好意で、西田の書いた「グリーン倫理学」を読むことができた。あらかじめグリーンの著作を読んで『善の研究』の成立におけるグリーンの意義についてはある見当をつけておいてたが、この「グリーン倫理学」はその見当を確かめてくれるものであった。だが、それでもやはり、私ははじめに立てた叙述の計画をかなり修正しなければならなかった。こうして、できあがった原稿はかなリギクシャクしたものになった。私は、もう一度、はじめから書きなおすことにした。
二度目の原稿を書いているうちに、私には一つの重要な問題が感じられるようになった。それは、西日の思想の形成に陽明学が大きな役割をはたしたのではないかという問題である。日本の近代文化の形成において陽明学が重要な役割をはたしたのではないか、陽明学が西欧思想の摂取のバネになったのではないか、ということが私にとって問題になりはじめたのである。しかし、私は、この問題はつぎの研究課題にしてこの本では触れまいと考えて、とにかく三度目の原稿にとりかかった。
第三章まで書いてきたとき、私は別の仕事のために中断しなければならなくなった。第四章の原稿にとりかかったのは、一年ちかい間をおいたあと、今年(1966年)の二月でぁった。そのため、第三章までと第四章からとでは、叙述の調子がいくらかちがうことになった。そのうえ、伝記的記述の部分が予想よりはるかにながくなって、はじめ予定していた二つの章―― 『善の研究』の哲学的検討をおこなう章と『善の研究』の明治思想史における位置を明らかにする章とを書くだけの紙幅はなくなってしまった。それで、私は四章までのまとめと補遺とをかねて第五章を書き、そこで西田と陽明学との関係という問題を提起して、結びに代えることにした。(「まえがき」より)
目次
まえがき
第一章 青年の客気
第二章 挫折
第三章 只管打坐
第四章 『善の研究』の成立
第五章 『善の研究』について
西日幾多郎年譜
主要参考文献