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本選書のひとつに『医師の心』というのがある。(中略)その本のⅢ章の題名が「患者さんから学ぶ」となっているが、この言葉に行きあたった時、なんともいえずうれしかった。かねて私が考えていたことがまちがいでなかったことがわかったからである。
人間よりはるかに長寿で、高さといい胴回りといい抜群に巨大で、そのうえ根の行くえを知るのは容易でなく、したがってたやすい手段では生理を知るすべもない樹木、その樹木の群生する森林という複雑きわまりない自然物を知る困難さには、病人に外部から接して診断し治療する臨床医師の労苦をしのばせるものがある。森林におけるもろもろの問題を解決する唯一の道は、臨床医師のように、対象に迫り対象から学びとらなければならない。私はつねにそれを、学生に説き、若い研究者に求めてきたが、沖中氏の言葉で私の考えがまちがいでなかったことがわかったのである。
森林というひとつの自然物を見る時、われわれは主観を捨てて自然の中に没入し、虚心にその姿を見つめ、そこから真理を発掘しなければならない。すなわち森林から学ばなければならないのである。私は本書において、森林を虚心に見つめる時に発見される意外の事実と、それを怠るためにひきおこされる、過誤を日本の森林をつかって例示しながら、いかに森林を見るべきか、それを読者に伝えたいと思う。そうした考え方から私は、私なりの森林の見方、仮説の立て方、つまり森林への接し方を書いた。(「まえがき」より)
目次
まえがき
1 日本の森林の実相 ドイツの森林と日本の森林/日本の森林の生家/冷温帯にも乾いた土がある/シロバナシャクナゲの誘い/平面幾何学の思い出/水を考える/土壌の有機物/乾燥土壌のいろいろ/植物は土壌を変えるか/風と雪と地形について思う/揚子江気団と乾き
2 先入観と観察 戒むべきは先入観/川喜田氏の「発想法」/ある若人との対話/数量表示は魔術/溜め池論争/斜面の上部が湿って下部が乾く話/自然林は果して安定しているか/老齢過熟林/水源涵養林
3 森林をみつめる ブナとササ/破壊と回復/根の生態について/菌根植物林/サクラが枯れる/不思議な相似/もうひとつの相似/ツバキとウバメガシの分布/樹木の分布をコントロールするもの/河田本氏の驚き/偶然の一致か?
4 森林の見方について 牧民的と農民的と/森林における物質循環/森林生態系について/緯度別の腐植量/モルとムル/森林土壌の孔隙量/量と質/図式と異常値/厭地ということ/医学と林学
5 研究者に求められる態度 新しさを追わず/つねに心を配る/気長く待つ/個体と集団/原資外木
文献
あとがき――森林は人を求めている