これは、私が17歳の夏の真夜中に体験した話です。
眠っていた私は、たっぷりと墨を含ませた筆を持った白く美しい手が、私の左腕に何かを書いている夢を見て目覚めました。
その時、宙に浮いていた白っぽい何かが、一瞬のうちに消えたように思いました。
そんな朧気な夢でしたが、何故か左腕に微かな違和感が残っていました。
さては大嫌いな蜘蛛か何かが左腕を這っているのかと、薄灯りの中、大慌てで左腕を見ると、複数の謎の黒い物体が付いていました。
『嫌だ、蜘蛛じゃなくて蟻?』
うんざりしながら左腕を眺める寝ぼけ眼が少し薄闇に慣れ、私はそれが虫等ではなく、文字である事に気付きました。
全部がきっちり同じ大きさの厳つい字体の漢字で、手の甲から肘にかけて、びっしりと書かれていました。
初めはびっくりして、その文字群が何を表すものか気付きませんでしたが、やがてその文字が、ちゃんと意味のある文体である事がわかりました。
それは『般若心経』だったのです。
1年ほど前に、某易団の広告に書かれていた般若心経の冒頭部分だけを暗記していたので、理解出来たのです。
あまりの不可解さに固まってしまった私の見ている前で、その文字群はスーっと消えていきました。
妙な夢で目覚めてから文字群が消えるまで、2分弱くらいだったと思います。
私が寝ていたその一角は、以前から、夜中に足音を立てながら楽しそうに遊ぶ少女の声が聞こえたり、多少そういう気配の感じられる場所ではありました。
しかし、何故私の腕に般若心経が現れたのか、目覚めた瞬間に消えた白い物体は何だったのか、あれからだいぶ経った今でも、理由がわかりません。私自身、霊感が強いわけでも信心深いわけでもないので…
以上、夏になるとふと思い出す、私の不思議な体験です。