正しさとは何かを探究してきた政治哲学。向き合う現実の世界は進むも退くも地獄、「よりマシな悪」を選んでなんぼの側面をもつ。
命の重さに違いはあるのか。汚い手段は許されるか。大義のために家族や友情を犠牲にできるか。
本書はサンデルの正義論やトロッコ問題のような思考実験に加え、小説や戯曲の名場面を道しるべに、「正しさ」ではなく「悪さ」というネガから政治哲学へいざなう。混迷の時代に灯火をともす一書。
【目次】
はじめに
正義論に残された問い 作品で読み解く
第1章 「悪さ加減の選択」―—ビリー・バッドの運命
1 選択のジレンマ性
ジレンマとは何か 損失の不可避性 損失の不可逆性
2 政治のジレンマ性
政治とは何か 公共の利益 利害の対立
3 マシな悪の倫理
マシな悪とは何か 三つの特徴 行為と結果の組み合わせ
4 まとめ――政治の悲劇性
第2章 国家と個人――アンティゴネーとクレオーンの対立
1 偏向的観点と不偏的観点
偏向的観点 不偏的観点
2 不偏的観点と政治
法の下の平等 具体例① 政治腐敗 具体例② 国連活動
3 不偏的観点と個人
インテグリティと政治 国家と個人・再考
4 まとめ――クレオーンの苦悩と悲嘆
第3章 多数と少数――邸宅の火事でフェヌロンを救う理由
1 数の問題
規範理論① 功利主義 特徴① 総和主義 特徴② 帰結主義
2 総和主義の是非
人格の別個性 権利論 権利は絶対的か
3 帰結主義の是非
規範理論② 義務論 マシな悪の倫理・再考 義務論的制約
4 まとめ――ゴドウィンの変化
第4章 無危害と善行――ハイジャック機を違法に撃墜する
1 トロリーの思考実験
具体例ドイツ航空安全法 「問題」前史
2 消極的義務と積極的義務
義務の対照性 優先テーゼ
3 トロリー問題
「問題」の発見 手段原理 航空安全法判決
4 まとめ――制約をあえて乗り越える
第5章 目的と手段――サルトルと「汚れた手」の問題
1 汚れた手という問題
理解①マキァヴェリの場合 理解② ウォルツァーの場合
2 いつ手は汚れるか
印としての罪悪感 罪の内実
3 いつ手を汚すか
指針①絶対主義 指針② 規則功利主義 指針③ 閾値義務論 制度化の問題
4 まとめ――サルトルと現実政治
第6章 自国と世界――ジェリビー夫人の望遠鏡的博愛
1 一般義務と特別義務
不偏的観点・再考 偏向的観点・再考 偏向テーゼ
2 特別義務の理由
理由①道具的議論 理由② 制度的議論 理由③ 関係的議論
3 特別義務の限界
不偏テーゼ 消極的義務・再考 積極的義務・再考
4 まとめ――慈悲は家からはじまり……
第7章 戦争と犠牲――ローン・サバイバーの葛藤
1 民間人と戦闘員
民間人の保護 戦闘員の保護
2 民間人への付随的損害
二重結果説 民間人か自国民か 具体例 ガザ紛争
3 民間人への意図的加害
個人が陥る緊急事態 国家が陥る緊急事態 偏向的観点・再再考
4 まとめ――戦闘員の信念と部族の決意
第8章 選択と責任――カミュが描く「正義の人びと」
1 選択を引き受ける
規範理論③ 徳倫理学 インテグリティと政治・再考 心情倫理と責任倫理
2 責任を引き受ける
指針①メルロ=ポンティの場合 指針② カミュの場合
3 「悪さ加減の選択」と私たち
民主的な汚れた手 責任を政治的に引き受ける 具体例 アルジェリア問題
4 まとめ――サルトル=カミュ論争
終 章 政治哲学の行方
AIと「悪さ加減の選択」 AI時代の政治哲学
あとがき
読書・作品案内
引用・参考文献