本書は国立民族学博物館において2019年10月から2023年3月にかけて行われた若手共同研究、「モビリティと物質性の人類学」の成果論集である。私たちは移動をめぐる現地の概念に着目しつつ、人々が移動するその実践へと実際に参与することを基本的な方法論と定め、議論を重ねてきた。各章では、世界各地の人々が様々な事物に満ちた多様な環境のなかをそれぞれのやり方で移動していく様子が報告される。本書では移動することの物質的側面を前景化することで、北西インドの遊動民やインドネシアの漁撈民といった人々の「伝統的な移動」とその変容から、ガイドアプリが導入されたサンティアゴ「巡礼」や車道建設の進むヒマラヤ「観光」、書類に媒介されながら移動/滞留するチベット「難民」まで、これまでは別個の文脈のもとで論じられてきた様々な移動のあり方を、流動する物質の世界をかきわけて進む営みとして同一平面上に描き直していく。このことは、地球規模で確かに接続しつつある世界の移動を連続性のもとに捉えると同時に、グローバル化の過程で均質化していくように見える移動のやり方のうちに絶えず新たな意味と実践が生じる様子を明らかにすることでもある。
(「はじめに」より)
モビリティと物質性の人類学(1巻配信中)