2024年11月の情報TV番組(『ワイド!スクランブル』)で、チリの「悪魔の神殿」が取り上げられた。伝統的なカトリック教会(特に聖職者による子どもへの性的虐待)への不信が高まり、悪魔崇拝者が急増しているという内容だった。ただしこの教団では、実際に悪魔を崇拝しているわけではなく、「個人主義の象徴を悪魔としているにすぎない」と説明されていた。さらに、これはチリに限ったことではなく、2019年にはアメリカで「悪魔の神殿」が宗教団体として認定され、人工妊娠中絶を肯定していることから、中絶禁止に反対する人や性的少数者など、信者数は70万人以上に上ると番組は付け加えた。
この報道を観た人には、興味深いが、どういうことなのかさっぱりわからないと思う人が多かったのではないか。最近、悪魔崇拝の語がニュースに流れたもう一つの文脈はQアノンである。Qアノン陰謀論は、世界を牛耳る「ディープステート」は児童売春組織を運営する悪魔崇拝者だとしていた。つまり、子どもを性的に虐待するのは悪魔崇拝者だというイメージもアメリカに存在しているのである。このように報道は錯綜し、悪魔崇拝をいっそう謎めいたものにしている。
そのような謎を一気に解明してくれるのが本書である。なぜ「悪魔の神殿」は悪魔の実在を信じないというのに悪魔崇拝者を名乗るのか。なぜ悪魔は個人主義の象徴になったのか。なぜ悪魔崇拝は政治的にリベラルというイメージと恐ろしい秘密結社というイメージをともに引き起こすようになったのか。これらの疑問に対する答えはすべて本書の中にある。――監修者・藤原聖子
目 次
日本の読者のための序
1章◉キリスト教による悪魔崇拝の発明
間奏1◉18世紀――サタン死す?
2章◉ロマン主義におけるサタンの復権
間奏2◉ボードレール――サタンへの連祷
3章◉19世紀の対抗文化におけるサタン
4章◉ユイスマンスとその仲間たち
5章◉サタンのシナゴーグの正体
6章◉サタンのシナゴーグの正体――続・結
間奏3◉19世紀の宗教的悪魔崇拝――事実かフィクションか?
7章◉20世紀への道のり
8章◉悪魔崇拝教会の始まりと苦難
間奏4◉若者と悪魔崇拝――ヘビメタとネットのサタニズム
結 論
解 説
訳者あとがき