このレビューはネタバレを含みます▼
本書を知り、一晩かけて貪るように読みきってしまった。それは偏にこの作品(とあえて言いますが)で語られる「事件」のそもそもの当事者であった"彼"が、あるいは筆者のルポを通して肉薄され次第に浮かび上がってくるその人物像が、あまりにも謎に満ちつつもユニークであり、魅力的であるからに他ならず、それは筆者がはじめに心掴まれた瞬間に、ほぼ自分もシンクロしてしまったからに他ならないからだと思います。
筆者は繰り返す。「似てる」というのは「違う」ということだよと。その注意深さが、慎重さが、核心についてなかなか明言しない、くどく、ともすれば青臭く感傷的でまわりまわったその姿勢が、実のところ悲しいくらいに克明に、鮮やかに、これだけの時間を経てなお、悲劇の本質を炙り出すこともあるのだろう、という。
そういうような読後感でした。
いつだって水は低い方に流れ、繊細でやわらかなものほどよくつぶれる。
機能不全家族や、いじめの構造の話をしたいわけではなく、ただ、ひとりひとりの人間の話に終始することで、逆説的に、そこに至るまでの流れに唸るように捻じ伏せられる独特の興奮と緊張感と、無力感があり。
どんなにこの世に縫い留めておきたいと願っても、だいたいにおいてその瞬間、人間はおよそ自分のことしか考えていないもので、そういう悲劇が積み重なって転がってゆく事の顛末を、歯を食いしばりながらもそれでも読み進めようとするのは、彼が生前得られなかったであろうそのやや立ち入った興味や関心というものを、それがどんな動機からであろうとも、筆者の底知れない執念を通して、こちらも今更ながらに、向けたかったからに過ぎず。
ほんとうに今更ですが。
特筆すべきは、その執念や重ねた歳月、データ量というよりも、筆者からの彼に対する独特の親近感と距離感であり、また彼の独特のユーモアセンスや言語センスであったりして、おそらく筆者も彼に倣ったのであろうか、一種の空転するような突き抜けた切なさとやるせなさが、ふしぎと清々しいくらいに漂っていた今作でありましたが。
であるからこそ、筆者にさらなる歳月を重ねさせた"彼"のことは、また別の話にしなければならなかったのだろうか、と、察しますが。
最後に、どうあがいても、この表紙とタイトルは秀逸なんだよなあというどうしようもない呟きで、とりとめない感想を締めたいと思います。