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本書は一九九二年七月十七日、東京大学教養学部で開催されたシンポジウム「いま、なぜ民族か 地域と文化の再構築」を母体にしている。シンポジウムでは、学部長蓮賓重彦氏の挨拶、山内昌之氏の基調講演に続いて、能登路、柴、村田、足立の四氏が本書の論文とほぼ同じ題で報告を行い、木村、中井、若林、増田の各氏が異なる地域、異なる視点から四氏の報告に注釈を加えた。当日司会をつとめた木畑、古田両氏、長崎氏の論考はシンポジウムでの議論を踏まえて、本書のために新たに書きおこされたものである。
シンポジウムは、地域専攻設立一〇周年にあたり、社会に開かれた大学院教育を目指す専攻として、その存在を学内外に喧伝し、研究成果の一端を社会に還元する趣旨で企画された。
国際先住民年にあたる一九九二年は、同時に国際民族年であったと言っても過言ではないだろう。いまさら言うまでもないが、ベルリンの壁の消滅、ソヴィエト連邦の解体――要するに、冷戦構造の瓦解とともに、東欧ロシアでは民族紛争の嵐が一挙に吹き荒れた。西にネオナチとIRAがあれば、東ではチベット紛争が起こっている。アメリカで一度ならず起こった日本人射殺事件では、アメリカ人の人種偏見が声高に非難された。その日本では、不法滞在を口実に、イラン人の一斉検束がくりかえされている。
われわれのシンポジウムはこうした世界情勢のなかで企画され、話題は時宜に適っていた。とはいえ、本書はたんなる時事解説書であることを意図していない。勿論そうであってもかまわないし、その役目も果たしてくれるであろうが、地域研究の成果として、読者に問題の根源と脈絡を共に考えていただく道じるべを差しだすことが本来の趣旨である。その趣旨が十二分に果たされたことを私は確信している。(「あとがきに代えて」より)
目次
序章 民族問題をどう理解すべきか
第1章 中華ナショナリズムと「最後の帝国」
第2章 中国非主流地域のサブ・ナショナリズム
第3章 海と陸をつなぐ地域アイデンティティ
第4章 政教分離主義と基層文化・ヒンドゥーイズム
第5章 文化多元主義の行方
第6章 インディヘナと揺れる綱
第7章 民族自決から地域自決へ
第8章 「新東欧」と独立国家共同体
第9章 国家統一と地域統合
第10章 移民という「新しい民族問題」
第11章 ヨーロッパ統合とアイデンティティの重層性
終章 映像のなかの「民族」
あとがきに代えて