一年に200人以上の脊髄損傷の患者を受け入れている、川越の埼玉医大高度救命救急センター。頚髄損傷で完全まひという最重症の患者も、この10年間で182人受け入れている。
その中核となっているのが、井口浩一医師だ。
深夜でも未明でもその電話の呼び出し音は1、2回で鳴りやみ、30分もすれば手術室のドア口に現れる。
「井口先生にはクローンがいる」と言われるほど常に、いつどんなときも手術に対応できるよう準備している。
脊髄損傷は、それまで健康だった人が、ある日突然身体の自由を奪われ、大きな障害の残ることも多く、患者自身もさることながら、それを介護する家族や周囲の人たちの負担も大きい。
自民党幹事長だった谷垣禎一氏は2016年、多忙な公務の合間に趣味のサイクリングをしていて転倒、政界引退を余儀なくされた。
大相撲の元大関・琴風の先代尾車親方は2012年に巡業先で転倒し、頚髄を痛める大けがを負った。
ラグビー選手のケガも多い。
練習中や試合でしのぎを削るなかで、脊髄を損傷した高校生、大学生のラグビー部員もいる。
自転車で転倒したり、トランポリンの練習中の落下など、アッと思った瞬間に大きなケガを負ってしまう。
そうした重度の脊髄損傷の治療はきわめて難しい。
リハビリを続けても状況が劇的に改善することがないうえ、生涯車椅子というケースもままある。
この「不治のけが」に立ち向かう井口医師と、そのチームの信念は、「早く手術すればするほど、予後はよくなる」である。
脊髄損傷が疑われる患者を、ときにはドクターヘリを使って緊急搬送し、6時間以内を目標として早期に手術することで、腫れによる圧迫で起こる「二次損傷」を軽減できる可能性があるという。
ケガによる直接的な打撃である一次損傷は避けられなくても、二次損傷の程度を緩和することによって、予後はかなり良くなるはずだ――。
実際、その成果は現れ始めている。
「脊髄損傷早期手術」に挑む熱き医師たちと、患者に取材を重ねた医療ノンフィクション。