いがいに知られていない「処分」まえの琉球。
さいごのしゅいてんがなしみゅーめー(首里天加那志美御前)をほんろうした「黒船」の嵐、夏(か)の凋落、そして、和(わ)の豹変。
「両属」という安定の力学をうしなった王国の命運は?
質素に満ち足りることを以て幸福の条件であるとするならば、琉球の人々は満ち足りることを知り、足らざるを気にしない……。彼らの……心も弾むような声を聞いていると……神の摂理、この世において人間はすべて平等に創造されたと云う、あの人間創生の鉄則と云うものを想い出さないではいられなかった。
ジョージ・スミス●『琉球と琉球の人々』
彼らは薩摩との貿易については何も語りたがらず……中国への進貢を許されていることについては、屈辱を感じるどころか、喜んでいるふしさえ見られた。どうも彼らの薩摩に対する忠誠の義務の実態は、ひどい隷属であり、かつ、重い負担であるに違いない。
サミュエル・W・ウィリアムズ●『ペリー日本遠征随行記』
さらにすばらしいのは、海から吹く風が四方八方からたえず湿気を運んで来ることだ!わずか北緯二六度の所にこの祝福された島々があるのだ。どうしてこの島々を保護しないでいられよう!合衆国の連中にしてみればまったくもっともなことなのである。
イワン・A・ゴンチャローフ●『日本渡航記』
我々は奇妙な国にいると言わざるを得ず、聖なる福音を拒否するためにこれほどの礼儀と気遣いを見せる国民はいないと思います。我々は……手枷足枷や藤の杖、鎖などが飴やエビのかたちをしたお菓子に、または串刺しの刑に処するための先のとがった棒がケーキやソーセージに取り換えられたようで困惑します。
ルイ・テオドール・フュレ●「パリ外国宣教会古文書局資料」