名の通った組紐師が、なぜか、まだ若い俺をベテラン越しでなく直接、名指しで玉付けに呼んだ。
桐生柊。名前も、組んだ帯締めも、その世界で知らない人間はいない。俺は綾瀬透、二十六歳。紐は組めない。ただ、絹糸を数どおりに割り、一つ一つの玉へ寸分たがわぬ張りで巻いて錘の釣り合いを取るだけの玉付けだ。
その人は、次の一本も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに組み場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。
理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、若い玉付けに代えるだろう。——玉付けなんて誰が巻いても糸は同じように締まる。俺の張りの狂いは、帯を締める頃にしか出ず、その頃には誰も俺のせいだと思わない。
だから、先に、離れようとした。
俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、組み場で俺に一度だけ、留められていたことを。
あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。
本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。