子買い納屋 四の巻 帳外れの子は居ないものと扱えと言われた女ですが、雪の尾根を越えて名を集めたら、郡の下役が毎日、夜の潜り戸を開けてくれます(更科ひばり )の注意事項

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漫画(まんが)・電子書籍のコミックシーモアTOPライトノベルライトノベルRealize出版C-Trap LIGHT子買い納屋子買い納屋 四の巻 帳外れの子は居ないものと扱えと言われた女ですが、雪の尾根を越えて名を集めたら、郡の下役が毎日、夜の潜り戸を開けてくれます
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子買い納屋 四の巻 帳外れの子は居ないものと扱えと言われた女ですが、雪の尾根を越えて名を集めたら、郡の下役が毎日、夜の潜り戸を開けてくれます 発売予定

830pt/913円(税込)

8/15(土)発売予定

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作品内容

【この作品は生成AIを使用しています】

初冬。柏木の里から一里半ある郡の役所へ、ヨネは初めて足を運んだ。門番の帳面には女の名を書く欄がないというので、名主の久兵衛の名の下に「同」と一字だけ書かれた。
郡中人別改めの触れが出た。人別方のセバタが読み上げる。郡中の人別、二千四百六十一人。二十年前は二千八百九十一人。四百三十人減った。柏木の里の番でセバタはこう読んだ。──納屋、ヨネ、二十七。同居、タケ、十四。同居、スゲ、十一。以上三名。ヨネは立って言った。七人いる。
帳面に載っている者を人別と呼ぶ。載らぬ者は人別ではない。載らぬ者は帳外れと呼ばれ、その日の昼過ぎ、セバタは三つを申し渡した。年内の書き上げには帳外れを書くな。救米は出ぬ、米は行の数で割る。──居ないものとして扱う。それが人別方の扱いだ。居ないものとして扱うのであって、居ないと申しておるのではない。
ヨネは問屋場と寺から反故を集めて裂き、一人に一枚ずつ、名と歳と来た日と来た所と渡した銭を書いた。役所へ持っていくと、下役のヒロマサは見たうえでこう言った。見ましたので、受け取れませぬ。要るのは三つ。名主の判と、生国と、親の名である。
郡には村が二十八ある。門前の列で訊いて回ると、八つの村だけで帳外れの子が三十四人いた。ヨネは十二月の朔日から雪の尾根を越えて村を回りはじめる。一度目は断られる。二度目は黙る。三度目に、家の中の誰かが先に言う。正月四日、七日市村の辻の石に登って、ヨネは自分から名乗った。
二月十日、六十二枚を持って役所へ行った日の八つ前、書物の間から火が出た。焼け残りを雪の上へ押し出したとき、右の袖が焦げた。十二束のうち七束が焼け、一束二十三枚が雪の窪みに落ちて濡れた。一晩置くと読めなくなる、とヒロマサが言った。
郡の人別帳は二百八十枚あり、一枚に十行ずつで二千八百行になる。人別は二千四百六十一人。差し引くと、三百三十九行がずっと白いまま残っている。
帰りぎわ、門番の佐平が言う。潜りは開けとく。
人別改めの期日は二月の晦日。本日を入れて、百と一日。
【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第一部の四冊目、第一部の締めくくりです。

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作品ラインナップ 

  • 子買い納屋 一の巻 拾った子を七つと数えられた女ですが、初雪まで楢山で橡を拾って灰汁を抜いたら、隣の百姓が来るたびに七人の名を呼んでいきます
    8/13(木)発売予定

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    830pt/913円(税込)

    柏木の里の東の外れ、谷口へ上がる道の途中に、間口三間の納屋が一軒ある。ヨネ、二十四。十六の年に母屋が屋根から落ちて、鍋と臼と莚と飯櫃だけを持ってここへ移った。移ったその月に川端の竹藪の下で三つばかりの男の子を拾い、寝床の藁を一人ぶん広げた。広げたら二人になった。二人になったら、三人になるのを止める理屈がどこにも見つからなかった。
    八月の十六日、彼岸の入りの朝。戸口の敷石に古い莚が二つに折って置いてあり、生まれて十日ばかりの女の子がくるまっていた。これで七人になる。この納屋では拾った所に在った物から名を取る。竹藪の下でタケ、溝の菅でスゲ、梅の木の下でウメ。敷石に夜の雨の筋が残っていたので、八つのスゲが炭でミオと書いた。
    その日の昼前、隣家のゴサクが垣の外で指を折った。一つ、二つ、三つ。数え終えると、数えた指をそのまま相手に向ける癖のある男である。七つだ、とゴサクが言う。七人だ、とヨネが返す。一つ二つは物の数え方だ。──お前のやってることは、子買いだ。畑道で桶の音がした。
    秋のあいだに、里の女は納屋の前の分かれ道を右へ折れて遠回りするようになった。稲架は先に埋められ、店の弥助は俵の口を開けたまま麦を売らなくなり、麦を作る家は三軒とも今年は余らないと言う。蓄えは八斗。一日一升四合で五十七日ぶん。冬は十月の末から二月の末まで百二十日ある。足りない六十三日は九斗、麦で買えば二貫八百八十文。手元には三百五十七文しかない。
    ヨネは楢山の東斜面へ通うことにした。渋くて誰も拾わなくなった橡の実である。拾って、干して、皮を剥いて、晒して、灰汁で煮て、もう一度晒す。食えるようになるまでに十日かかる。初雪までの十四日を、三人で通う。
    同じ秋、ゴサクは六年前に自分が打った北の壁の板を、牛小屋に要ると言って剥がしていく。その牛小屋は去年直っている。六年前の秋に、なぜこの男が納屋の壁を見に来たのかは、まだ誰も知らない。
    十一月十七日の夜、二尺五寸の雪が降る。
    子を物として数えた男が、七つの名を順に呼ぶまでの、ひと秋とひと冬。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第一部の一冊目、シリーズの始まりです。ここから読めます。
  • 子買い納屋 二の巻 三人を村の外へ出せと申し渡された女ですが、村の粥屋で炊く側に立ちつづけたら、年寄が朝と夕に一度ずつ触れ板を読んでくれます
    8/13(木)発売予定

    830pt/913円(税込)

    正月十一日、岩舟村の寄合所に六十五戸から一人ずつ出た。年寄の頭ヤスヅカが四十年掲げてきた村極めを諳んじる。──養い子は、一戸に四人を限りとす。柏木の里の納屋には養い子が七人いる。では、三人だ、とヤスヅカは言った。
    ヨネ、二十五。十六の年から拾いはじめて九年になる。夫役の割りでは十二のタケが「十二では、一人と数えられん」と半人に落とされ、納屋は一人と半人の戸として書き出された。
    正月十五日、触れ板が立つ。出し先は寺と人宿と他村の三つ、と言われている。だが数えれば実は二つしかない。ヨネは寄合所の板の間へ上がって、それを数で詰めた。土間から声が飛ぶ。そんなもの、子買いに言わせておいたらきりがない。──子買いのヨネが、買いました。代は銭ではない。九年である。七人ぶんを足せば三十一年と半年になる。
    二月、タケに畝を八本渡した。東の端の痩せた側で、この子は朝と夕の二度上がって草を取り、土を寄せた。二十日の晩、藁を四束半燻して霜を止めにかかったが、段の崩れた東の端から煙が落ちて抜けた。明け方に霜が下りた。八本の穂が黒くなり、摘んで掌で開くと中は空だった。私が間違えた、とヨネは言った。
    二月の末、村の粥屋。ヨネは十六の年から毎年ここに立っている。もらう側で来たことは一度もない。この日の列は八十四人で、去年より三十二人多かった。粥屋を出ると、脇に小さい板が掛かっていた。柏木、子買い。書き出されているあいだは、蕎麦の種も、水の順番も、葬いの人手も止まる。
    三月、堤の土持ちが南風で止んだ帰り道に、触れ板が倒れていた。折れたのは板ではなく、根元の腐った杭のほうだった。ヤスヅカの孫クロウと二人で板を十四枚に割り、焼いて灰にする。この十六の若者は、七つのときから毎朝一枚ずつ祖父の口述を写してきた。写してきた者だけが、写し違いに気づける。
    四月四日、ヨネは初めて萩野のヤスヅカの家に上がる。棚の上の桐の箱には、四十年前の紙が入っている。一戸に四人、というその四字が、もとの紙では何と書いてあったのか。
    掟を四十年掲げてきた手が、自分の手を疑うまでの三月。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第一部の二冊目です。
  • 子買い納屋 三の巻 人宿の主に同じ商売だと言われた女ですが、裏の小屋の四人の泊まり賃を払ったら、下働きの女が毎晩その日の宿賃を足していきます
    8/14(金)発売予定

    830pt/913円(税込)

    五月九日。ヨネは莚を二十枚編み、そのうち戻りの悪い三枚を弾いて、残る十七枚を三枚重ねに縛った。莚は藁を打ってから編む。一日に一枚半が限りで、それ以上編むと手のひらの皮が裂ける。裂けると三日休むことになる。十三のタケと二里の道を宿場まで運び、荒物屋の大坂屋で一枚十四文、〆て二百三十八文で売った。
    その帰りに、人宿の柊屋の軒下で、下男が濡れた帳面を干していた。宿場の三軒の人宿は、抱えている人の数を月ごとに問屋場へ届ける決まりになっている。柊屋の帳の終わりのほうに、こう書いてあった。──柏木、納屋。子、七人。〆は三十一人である。
    帰り道の井戸端で、女が二人、聞こえるように言った。柏木の、子買いさ。
    五月十二日、ヨネは一人で柊屋の土間に立つ。主のタキナミは五十を越えていて、膝が悪い。この男は宿賃八文しか出せない男を「なら泊められん」と断り、そのあとでヨネに言った。あんたとわしは、同じ商売だ。わしの帳に載っとる者は、みな売り物だ。──子買いのヨネが、買いました。代は銭ではない。一人に一日、二合二勺の麦を十年払った。それが代だ。
    六月の長雨で橋が落ち、宿場に人と荷が二百人ぶん滞った。板塀の隙間からヨネが見たのは、柊屋の裏の小屋だった。板戸に横木を渡し、縄で縛ってある。中に四人いる。ゲン十三、サキ十一、トヨ九つ、イト七つ。宿賃を払えない子は板の間へ上げられない。上げると、払った客と同じ扱いになるからである。溜まりは一晩十二文ずつで、下働きのヌカが毎晩、寝る前に足している。
    七月二日、ヨネは莚四十五枚と苧三貫目とタケの賃を担いで宿場へ行き、四人の百四泊ぶんを自分の名で払った。タキナミは泊まり帳にヨネの名を書き、その下にもう三字書き足した。買い主。
    この欄に名が入ると、裏にも書く。裏に何を書くのかは、その日は教えてもらえなかった。
    タケがこの春、宿場の荷運びで初めて自分の手で稼いだ二十文を、納屋の柱の節の抜けた窪みに残していたことを、ヨネはこの日に知る。
    二十年前に自分でその欄を作った男が、自分の手でその欄を消すまでの、ひと夏とひと秋。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第一部の三冊目です。
  • 子買い納屋 四の巻 帳外れの子は居ないものと扱えと言われた女ですが、雪の尾根を越えて名を集めたら、郡の下役が毎日、夜の潜り戸を開けてくれます
    8/15(土)発売予定

    830pt/913円(税込)

    初冬。柏木の里から一里半ある郡の役所へ、ヨネは初めて足を運んだ。門番の帳面には女の名を書く欄がないというので、名主の久兵衛の名の下に「同」と一字だけ書かれた。
    郡中人別改めの触れが出た。人別方のセバタが読み上げる。郡中の人別、二千四百六十一人。二十年前は二千八百九十一人。四百三十人減った。柏木の里の番でセバタはこう読んだ。──納屋、ヨネ、二十七。同居、タケ、十四。同居、スゲ、十一。以上三名。ヨネは立って言った。七人いる。
    帳面に載っている者を人別と呼ぶ。載らぬ者は人別ではない。載らぬ者は帳外れと呼ばれ、その日の昼過ぎ、セバタは三つを申し渡した。年内の書き上げには帳外れを書くな。救米は出ぬ、米は行の数で割る。──居ないものとして扱う。それが人別方の扱いだ。居ないものとして扱うのであって、居ないと申しておるのではない。
    ヨネは問屋場と寺から反故を集めて裂き、一人に一枚ずつ、名と歳と来た日と来た所と渡した銭を書いた。役所へ持っていくと、下役のヒロマサは見たうえでこう言った。見ましたので、受け取れませぬ。要るのは三つ。名主の判と、生国と、親の名である。
    郡には村が二十八ある。門前の列で訊いて回ると、八つの村だけで帳外れの子が三十四人いた。ヨネは十二月の朔日から雪の尾根を越えて村を回りはじめる。一度目は断られる。二度目は黙る。三度目に、家の中の誰かが先に言う。正月四日、七日市村の辻の石に登って、ヨネは自分から名乗った。
    二月十日、六十二枚を持って役所へ行った日の八つ前、書物の間から火が出た。焼け残りを雪の上へ押し出したとき、右の袖が焦げた。十二束のうち七束が焼け、一束二十三枚が雪の窪みに落ちて濡れた。一晩置くと読めなくなる、とヒロマサが言った。
    郡の人別帳は二百八十枚あり、一枚に十行ずつで二千八百行になる。人別は二千四百六十一人。差し引くと、三百三十九行がずっと白いまま残っている。
    帰りぎわ、門番の佐平が言う。潜りは開けとく。
    人別改めの期日は二月の晦日。本日を入れて、百と一日。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第一部の四冊目、第一部の締めくくりです。
  • 子買い納屋 五の巻 救民の粥の列から外された女ですが、納屋の前の竈に二つとも火を入れたら、川下の村の子が毎朝、椀を持って並びに来ます
    8/16(日)発売予定

    830pt/913円(税込)

    三月の末、領が救民の触れを出した。三条ある。二条目にこうあった。──粥を受くる家は、十に満たぬ者のうち養い難き者を領の預かりに差し出すべし。
    郡境の道端に仮小屋の粥屋が建ち、六十七軒に二百椀が配られた。一軒に三椀。人数は見ない。柏木の里の納屋は七人いて、椀は三つである。郡から回ってきた紙には、納屋の子のうち四人の名が書き出されていた。カヤ九つ、ヨシ八つ、フキ六つ、ミオ四つ。
    柵の内では、預かりの子の首に番の書いてある木札が掛けられ、荷車で南へ運ばれていく。
    四月、ヨネは南へ一里半の救民所の門をくぐった。救民奉行のトウガは断定を避けて話す男で、施しは分けるもの、預かりは養うもの、と言った。養い難いかどうかは親御が決めることです、とも言った。──子買いのヨネが、買いました。ウメに二百文、カヤに一貫、ヨシに四百文。締めて一貫六百文。フキとミオには銭を出していない。その日から、柏木の里の納屋は粥の列から外れた。
    長雨で田植えが遅れ、救民の粥は五月十五日で止まると触れが回る。麦の刈り入れは五月の末になる。あいだの十一日ぶんの飯は、どの紙にも書かれていない。
    預かり小屋は三棟、莚が十二枚ずつ、しめて三十六人。下働きの女は子を番で呼ぶ。同じ名の子が三人いて、家の名を足せない子が十四人いるからだった。三月の末から今日まで、小屋を出ていった子は一人もいない。
    川下の三つの村を五日で回ると、粥を受けている家が八十一軒、一札を書いた家が五十四軒、実際に子を出した家が十一軒で十四人あった。一札は触れには書かれていない紙である。
    五月八日の朝、納屋の竈に二つとも火が入った。初日に坂を上がってきたのは九人だった。
    六月、救民所の大釜が四つに割れた。空焚きのあとに冷たい水を入れたからである。ヨネと手代のヤヘイは破片を二人で運び、里の鋳掛けに継がせた。焼けて使えなくなった薄い一片だけは、二人で小屋裏の窪みへ捨てた。継ぎ直した釜には、もう八十椀は入らない。
    預かるとは、いったい何をすることなのか。二十二年前の趣意書の十一条に、その答えが書いてある。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第二部の一冊目です。
  • 子買い納屋 六の巻 願いの筋にならんと追い返された女ですが、川下の淀みに杭を打ったら、里の十四戸が翌る日にはまた戸口へ稗を置いていきます
    8/17(月)発売予定

    830pt/913円(税込)

    晩夏の朝、渡しの船頭カネ蔵の呼ぶ声で、ヨネは中州の葦の根方に流れ着いた四つばかりの男の子を引き上げた。腹に痣が三つある。中州で拾ったので、名はナカにした。帳面に二十七人目と書かれた。
    上の領は去年の凶作で、年貢が繰り延べにならなかったという。
    舟賃六文を払って川の中ほどを越え、ヨネは隣領の代官所へ行った。門番は言った。訊きに来た者は、願いの筋にならん。代官のオカベは理屈を積み上げて話す男で、途中で口を挟ませない。属さない者を作ると来年の人別で数が合わなくなる。数が合わないと郡の割りが崩れる。だから引き取らん。──下の郡の川端に、流れ子を買い集める者がいると聞いている。ヨネはその日、商いの名を名乗らずに引き下がった。
    隣領の三つの村を歩いた。村の蔵は十七戸に十二俵しかなく、そのうち四俵は種籾である。中坪の触れ板に貼られた紙は、下の端が刃物で横一文字に切り落とされ、名を書く場所だけが消えていた。上坪の総代には帰れと言われ、二度と来るなと言われ、背中に一語を投げられた。
    ヨネはタケに、川の淀みの読みかたを教えた。葦の倒れる向き、石の苔、水の巻き。中州、柳の瀬、石原の曲がり。タケは川下の三箇所に番を立て、鉦と板木の打ちかたを決めた。一つ打ちが来た、二つが生きてる、三つが人手が要る。四つは決めなかった。
    三日の雨で水が三尺上がり、常の三箇所が全部沈む。その日、四人を引き上げて、五人目には二間届かなかった。ヨネは拾えなかった一人も帳面に書かせた。日と、所と、拾えなかった、と。
    隣領の百姓キサブロウが訊いてくる。あんた、十一年前に、この川下で、子を拾いなさったか。帳面のその行は、預けた先の欄だけが十一年空いている。
    隣領の百姓キサブロウが、明六つに橋を渡り、一里半を歩いて納屋へ来る。稗は返せません、じゃから、働きに来ました、と言う。
    柳の根の股は二尺開いていて、二尺より長いものは必ずそこで止まる。ヨネは砂に杭を一本打った。ここに着く、という印だった。
    下ばかり数えていた、と気づくまでの、ひと秋とひと冬。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第二部の二冊目です。
  • 子買い納屋 七の巻 札が切れて八十人を門の外へ出された女ですが、堀端の窪みで粥を炊いたら、院の書役が日に二度も三度も数を運んできます
    8/18(火)発売予定

    830pt/913円(税込)

    正月、ヨネはタケとスゲを連れて南へ十八里を三日歩き、王都の孤児院の入院改めの日に着いた。門の内の敷石に二百二十人が並んでいる。書役が首に木の札を掛けていく。札は木で、表に番が彫ってあり、名は書いていない。百四十番のところで書役が手を止めた。──札は今年ぶんが切れました。番は百四十で止まります。
    残った八十人は、握り飯一つと紙に包んだ麦の粉を渡されて門の外へ出された。門の向かいの堀端に石垣の窪みが四つあり、そこに莚が五枚敷いてある。
    院主のジョウゲンは、数字を出さずに穏やかに諭す男である。私どもは選びます。選ばねばならないからです。──選ばぬから買うのだ、というのが、私があなたのなさりようをどう見ているかということです。ヨネは答えなかった。答えずに、十四年前に川端の莚から拾った十七のタケを広間へ連れて入った。
    明け方、莚の端で六つか七つの子が死んでいた。門番は言った。帳にない子は引き取れん。並んだだけでは帳に載らん。
    ヨネは石垣の窪みを直しにかかる。奥の石を二段外して平たい石を三枚敷き、崩れ石で囲って火を置く。米一升三十文、炭一俵五十文、板八枚四十文、鍋は継ぎの当たった古いのを三十文。手持ちは四貫百文。一日九十文あまりで、四十五日ぶんになる。
    院では札の箱が落ちて壊れ、九年前まで使われていた紙の札が二百六十枚出てきた。紙の札には、名が書いてあった。捨ててください、と院主は言った。ヨネと書役のハツは井戸端の盥に灰汁を張り、二百六十枚を一枚ずつ沈めて字を流し、漉き返しの店へ置いてくる。
    五年ぶりに会った隣村の若い衆が、油屋の奉公人になっていた。空の樽を口実に、この男は院へ通ってくる。
    三月、莚の虫干しの六枚目の下から、紙縒りで綴じた束が出た。十二月二十八日から正月四日まで、日付ごとに、札を貰えなかった八十人の名が書いてある。
    三月の末には堀の桜が開いた。開いた花が水の面に落ちて、風のある日にはそれが橋の下に溜まった。
    なぜ札は百四十枚しかないのか。その数の出どころを、この年、ヨネは初めて知ることになる。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第二部の三冊目、第二部の締めくくりです。
  • 子買い納屋 八の巻 拾った者の名を書くなと法で禁じられた女ですが、反故を裂いて百四十の里へ配ったら、里の者が日に二枚か三枚ずつ持ってきます
    8/18(火)発売予定

    830pt/913円(税込)

    四月、公儀が人別法を定めた。読めないヨネは、読み上げられるのを聞きながら行を数えた。十二行あった。配られた届け出の書式も、同じ十二行だった。
    その一、捨て子これを拾いたる者、以後、己が名をもって届け出ずべからず。その二、届け出なき子、寺または院に限りこれを預くべし。里方の家これを預かるを禁ず。
    柏木の里の納屋には、いま子が九人いる。柱に木札が九枚下がっている。だが郡の帳に載っているのは二名だけである。
    四月二十六日、ヨネは白洲に立った。人別頭のムネカタは条文の語で話し、私の言葉をほとんど使わない。この日、ムネカタは一条を加えた。──捨て子を拾いたる者の名は、届け出のいかなる欄にもこれを記すべからず。名を問われて、ヨネは名乗らなかった。代わりに、七年前の初秋に隣家の男が指を折って七つまで数え、お前のやってることは子買いだ、と言った日のことだけを述べた。
    夏になって雨が降らない。下手の井戸から順に涸れ、施行の期日は十月の朔日から八月の朔日へ早められた。本日を入れて八十七日、とスゲが言う。国じゅうで届け出のない子は、一万二千四百余とも言われている。
    ヨネは問屋場と名主と郡代所から反故をかき集め、裂いて紙を作った。百四十の里へ一枚ずつ配って歩くためである。ところが写しを書く段になって、十五のスゲが筆を置いた。この紙を写したのが誰かが、どこにも書いてない。──ヨネの名を、書式に入れろと言うのである。
    五月、郡の役所の奥の部屋で、十四年ぶんの届け出の写し二千八百六十一枚が床に四列並べられた。右端の列の三百二枚だけ、あとから一部が墨で潰してある。ヨネは自分の指の第一節を物差しにして、潰しの幅を測った。潰してあるのは名ではない。欄の名である。
    六月、公儀の版所で、ヨネは人別法の書式の版木を見た。桜の板で、縦が八寸、横が一尺二寸、厚みが一寸ある。一万八千枚を刷って摩耗し、彫った字の凸が、九行目のところだけ低くなっていた。
    版木の九行目には、十四字が彫ってあった。その十四字が、この十年、一度も刷られていない。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第三部の一冊目です。
  • 子買い納屋 九の巻 どちらの国にも通せぬと止められた女ですが、中州で欠け椀に小石を落として数えたら、中州の子が月に何度も関へ名を言いに来ます
    8/19(水)発売予定

    830pt/913円(税込)

    秋、ヨネはタケと三里半を歩いて境の市へ粟を買いに出た。境の市は五の日と十の日に立つ。隣国の升と自国の升では一升の量が違い、両替をすれば一割取られる。
    境の関の門をくぐると、番頭のサカタが理由を言わずに商人の荷を下ろさせていた。札を書く女のミサが言う。里が無い者は、書かん。書かんから、札にならん。
    土手の上から川を見ると、川の中の中州に煙が二本立っていた。宿場の人宿の主だった男が、いまはこの市にいて、こう言った。子じゃ。三十人ほどおると聞いた。両方の国から通されんからじゃ。
    十月十五日、関の門前で申し渡しがあった。──境中州に在る者、いずれの国の人別にも入れぬ。中州の者を、この関から通さぬ。理由は言わぬ、知らぬ、で終わった。群衆から声が上がる。柏木の子買いが来とるぞ。ヨネは前へ出て名乗った。
    十月二十五日、莚十五枚と米一斗を三度に分けて舟で運び、ヨネは中州へ渡る。数えるのに指では足りないので、縁の欠けた椀を持っていった。名を一つ聞いたら、平たい小石を一つ落とす。落ちた石は、二つ目からは石と石の当たる音になる。莚の上へあけて五つずつ並べると、列が六つできて四つ余った。三十四人である。上はウノ十五、下はヒナ一つ。
    十一月、ヨネは十六の年から一度も越えたことのない川を越えて、隣国の番所へ行った。隣国の帳は一戸に一枚で、欄が五つ、歳ではなく干支で書き、名の下に母の名を書く欄がある。東は生国、西は母の名。二つとも書けない子は、どこにも載らない。
    十一月の夜、ヨネは納屋の土間の床板に炭で欄を描いた。東の帳の六欄と、西の帳の五欄。歳と干支のあいだには、そのまま移せない印として線を引く。スゲは半紙四枚に三十四人ぶんの控えを書き上げ、四枚目の下六行を空けておいた。増えるからだ、と言う。四枚を重ねずに並べて置くと、埋まっていない欄が横へ四つぶん続いて見える。
    掟にはこうある。一人を二つの帳に載すべからず。だがこの一行には、番号も、年月も、書いた者の名も無い。
    東の瀬が例年より二十日早く凍りはじめ、渡し綱の割竹三筋のうち二筋が裂けた。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は第三部の二冊目です。
  • 子買い納屋 十の巻 七つの国で名を騙られた女ですが、納屋の軒に自分で子買いの木札を下げたら、里の者が日に二人か三人、その板を見上げていきます
    8/19(水)発売予定

    830pt/913円(税込)

    晩冬、ヨネは苧三貫を背負って二里を歩き、境の市へ出た。市の東の口に、藍の幟が立っている。染めたばかりで、まだ端が糊で立っている。太い字で三字、そのすぐ下に小さく、国じゅうの奉公口、たしかにお預かり。値も書いてある。十五から上が二両、六つが一両。幟の前には十三人が並んでいた。
    三字は、この十七年ヨネが呼ばれてきた名だった。
    ヨネは市の道の真ん中に立って言った。子買いのヨネはこっちだ。
    帰りの坂で、ヨネはタケに言う。軒に下げられるだけの木を、一枚割れ。
    初春、タケが栗の板を選んだ。長さ二尺、幅八寸、厚み一寸。上下に二寸ずつ余る。縁が欠けても字が欠けないようにである。ヨネは自分の下手な字で三字を書き、藁の細縄を二本通して、納屋の軒の梁へ回して結んだ。
    名主の久兵衛が坂を上ってきて、下ろせ、と言った。呼ばれるのは里の者が勝手に言うことだ。書けば、あんたが認めたことになる。──子買いのヨネが、買いました。
    その日暮れ、足駄の男が坂を上がってきて、十六年前に橋の下で朝と夕に粥を運ばれたのは自分だと言った。名はヤジ。口入れを、とだけ言って帰った。ヨネはこの男の顔を覚えていない。
    春、同じ三字の幟が七つの国に立っていると分かる。三日立てて、下ろす日に子を連れて出る。連れられていった子は十一人。名が知れているのは一人だけである。
    納屋の子らは、自分たちで見分けの問いを三つ決めた。その子の名は何か。いつ、どこで引き取ったか。今日まで何日ぶんの飯を出したか。タケが一行足す。名乗るなら、代を払った証を出せ。
    晩春、北の壁の板が反って、裏の積み山から板戸が一枚出てきた。洗うと、彫った三字が現れた。ゴサクの孫のコウタが言う。じいちゃんの字だ。ヨネとコウタは小刀で二日かけてその字を削り落とし、削り屑を莚に包んで二人で谷へ捨てた。板は、北の壁に打ち直した。
    この納屋を出た子が三十二人。同じやり方の納屋が三十二軒。そこから出た子を全部足すと、四百人になる。
    十七年ぶんの帳面は十一冊ある。出た物と入った物を足したとき、ヨネが払った代がいくらだったかが、初めて分かる。
    【子買い納屋 全十巻】一~四巻=里と村と宿場と郡/五~七巻=領と隣領と王都/八~十巻=公儀と国境と、その一語。本巻は完結巻です。

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