時は大正3年、高等学校の同級生の高等遊民龍彦と、黒髪の美麗な英語教師周。この時代に流行していた催眠術を扱った小説の真偽を巡り言い争いの末、試しに龍彦が周に催眠術をかけたら…という第1話。この後の日頃、気丈で潔癖な周の変貌ぶりが、はなはだしく
エロティックで。何年もの年月を経て漏れ出した芳醇な香りと熱に龍彦が囚われていく様が、なんとも耽美…。同じ2人が主人公の一話完結物。伯爵に周が狙われたり、艶っぽい怪談話が出てきたり、と話ごとに趣きが違い読み応えがあります。そして、英語のリスニングに弱い龍彦に、周が英語でシェイクスピアの詩を読みながら視線をやり、その視線に気付く伯爵…など、心を捉える場面の連続。でも変わらぬ2人の心根。なのに忍び寄る第一次世界大戦と思わぬ龍彦の出征。恋愛物における戦争という要素は、二度と会えぬかもしれない、という思いが理性のタガを外させるきっかけとして用いられることがあり、この作品でも、周の理性のタガを外させ、そうでもしないと素直になれない周が切ないやら可愛いやら。そこで、周を安心させるために龍彦がかけた言葉が周の深層心理に落ちてゆき、そして迎える終戦とその後の展開も良い。
なんでも、催眠術は「かかりたい」と思っている人がかかりやすいとか。そんな催眠術の仕組みまで理解して考察したくなるカシオ先生の心理描写が光り、囚われ合っているのに理性のためにすれ違う2人から目が離せません。周が場面ごとに本当に催眠術にかかったのか、かかったふりをしたのか解釈しがいがあるのも面白い。その周が何年もその思いを覆い隠して親友として振る舞ってきた心中と禁欲ぶりと、溢れ出る感情とのギャップ。更に燕尾服に和装に軍服…憂鬱な朝、と重なる時代背景にうっとりする作品でした。
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