国境の向こうから、渇き病が越えてくる。人は下して水と塩を失い、いくら水を飲んでも乾いて死ぬ。恐れた国境の関所頭トガミは、病地から来る水と塩、国境の井戸を一律に毒と決めて封じる御触れを両国の境に貼る——どれだけの塩をどれだけの湯に溶いて何度に分けて飲ませれば乾きが止まるかは、一字も書かれていない。
トガミは宿場のトヨの常備の塩壺を毒として井戸へ捨てさせ、拾おうとしたトヨの手を足で退ける。だがトガミは運上のためではなく、病を恐れて締めている。恐れは、詫びでは消えない。動かせるのは、畳の上の数だけだ。
ヤナギが御触れの余白に最初の塩湯の量を書き添え、トヨも咎めを負ってなお書く。川向こうの岸では、ヨナがリョウより一年も早く、自分で塩湯の量を量り始めていた。両の岸で、別々に同じ手つきが起きていた。三十一年前、国境の井戸を封じた年、病で死んだ六十一人より、水を汲めずに死んだ百四十二人のほうが多かった。去年も、水は飲めたのに塩を失って乾き死んだ者が百二人いた。
関所の前で、リョウは捨てられた塩を量り分け、重湯に溶いて塩湯として出し直す。
「──それは毒になる。あんたが、量りもせずに決めた、そのぶんではな」
トガミは書き添えを削れと命じるが、量は両の岸に二百四十を超えて散り、越えられぬ国境の向こうにまである。削る手は届かない。トガミは手を止める。
だが、トガミが折れても病は止まらない。その日も、乾いた者が門前に倒れ込む。違うのは——両の岸に二百六十の量る手があること。ある秋の朝、誰も毒と言わぬまま、二百六十人が各々の井戸と病者と塩梅の量を量りに、めいめいの持ち場へ散っていく。毒師と罵られたあの朝から、七年。判の字は、一つのまま動かない。
本作は「量り薬師リョウ」シリーズ第7巻(全7巻・完結)。