紙漉き十市(六) 都の座に値を八文から六文へ下げられましたが、四つ辻に値の札を立てたら、手習い所の師匠が毎月同じ日に十三帖を頼みに来ます(帆足いさな )の注意事項

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漫画(まんが)・電子書籍のコミックシーモアTOPライトノベルライトノベルRealize出版C-Trap LIGHT紙漉き十市紙漉き十市(六) 都の座に値を八文から六文へ下げられましたが、四つ辻に値の札を立てたら、手習い所の師匠が毎月同じ日に十三帖を頼みに来ます
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紙漉き十市(六) 都の座に値を八文から六文へ下げられましたが、四つ辻に値の札を立てたら、手習い所の師匠が毎月同じ日に十三帖を頼みに来ます 発売予定

830pt/913円(税込)

8/16(日)発売予定

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作品内容

【この作品は生成AIを使用しています】

都の音は、峠を下りきるよりずっと前から聞こえていた。七年ぶりである。名を消された場所へ、十市は千枝と二人で戻ってきた。
紙座の漉き場の入口に柱が立ち、板が下がっている。書いてある数は十六。明六つに座の帳付けが書き、書いたらその日はもう動かない。決めるのは座主である。そして座が漉き手から買う値は、七年前の八文が六文になっていた。都の紙が高くなったのではない。都の紙が安く買われるようになったのでもない。十六と六のあいだの十が、七年かけて広がっただけである。
須賀十市、三十二。宇津木千枝、二十九。千枝の帳には五年ぶん、値の行だけが白いままになっている。都へ入った晩、千枝は十市に訊いた。三十日は待てますか。
三条坊徳右衛門、六十三。座主は十市を座敷へ呼び、名を漉き手帳へ戻してもよいと言う。ただし値の根拠は語らない。年が明けてから、とだけ言う。
十市は柳ノ渡しの東岸の廃屋に舟を据え直した。楮を煮て、叩いて、漉く。杉の板に墨で書いた値は、一帖十二文。板を四つ辻の土へ刺す。札は、立てた本人がそこにいなくても値を言い続ける。人の口は聞かれてから答えるが、札は聞かれる前に答えている。答えたあとで引っ込めることもできない。
座の触れで市を追われ、土塀の切れ目へ移った。それでも人は来る。手習い所の師匠は子供が三十二人、清書は月に二度、ひとりが四枚。毎月同じ日に十三帖。絵草紙の板元が来て、寺の玄栄が来て、湯屋の女が来た。雪の晩には、座の下で漉いている男が浅瀬を渡って訪ねてくる。かつての同輩、布屋弥助、三十四。
三十日を書き取るあいだ、十市は毎朝、舟の水を入れ替えつづけた。手間のわりに誰の目にも見えない仕事である。
千枝が三十日ぶん都の値を書き取ると、そこに一つの癖が現れた。東から荷が着いた次の朝は、九回のうち九回とも値が下がっている。
四つ辻に立つ札は、四十枚になり、五十三枚になった。
十四年前、座主の家が焼けたとき、蔵の帳がたった一冊だけ焼け残っている。その一冊の裏打ちに使われていた紙を、十八の十市は覚えていない。
一つしかなかった都の値が、札の数だけばらばらになるまでの一年。
【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第二部の二冊目です。

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作品ラインナップ 

  • 紙漉き十市(一) 都の紙座から名を消された紙漉きですが、谷の村で値を書いた紙を漉いたら、村の衆が毎朝この板へ値を貼りに来ます
    8/13(木)発売予定

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    830pt/913円(税込)

    谷をひとつ入ったところに楮ヶ谷村がある。川原に石の台が十九、そのうち水を張った漉き舟が据わっているのは八つ。この村では紙は一枚三文と決まっていて、決めているのは庄屋の網野吉左である。三年前からその値は動いていない。村の八軒が漉いた紙は月に二度まとめて買い上げられ、峠を越えた先で幾らになるのかを見た者は、この村にひとりもいない。
    須賀十市、二十七。十二の年から漉いてきて、二十五の年に王都の紙座の漉き手帳から名を消された。同じ紙料で二割多く枚数を出せ――つまり二割薄く漉け、と言われて断った翌月のことだった。消された者の名は、どこにも残らない。油紙で巻いた簀桁ひとつと打解棒を背負って、十市は三年放ってあった伝右衛門の漉き舟の前に立つ。
    帳を付けているのは宇津木千枝、二十四。十六の年から紙に触り、十九の冬に寒晒しの川へ朝から三度入って、三度目に上がれなくなった。それから水を離れて帳へ回っている。その帳には、十年前は一軒あたり六百枚だった紙が、去年は千九百枚になったと書いてある。枚数だけが増えて、値は三年動いていない。
    十市は寄合で三文の根拠を問い、二十日を切って百枚を漉くと言う。そして漉き上げた一枚に、墨で自分の値を書いた。――一枚八文。受け取れぬと言われても値の書いてある一枚だけを置いて帰り、残りを村の四十六軒へ配って歩く。使った家が、使ったぶんだけ払えばいい。六十六の老紙漉き才蔵は紙の出来に容赦がなく、十九の三太は分からないことをその場で聞く。寺の過去帳は虫と灰汁で崩れかけ、山の楮は四十年切られていない。
    やがて漉き場の壁に、板が一枚打ちつけられる。自分の紙の値を書いた札を、誰でも貼っていい板である。三日に一枚のわりで札は増え、十八日そのまま止まり、また増えた。宿場で自分たちの紙が六文で売られていたと知った村が、この板の前でようやく自分の値を口にしはじめる。十一年前の大水の年に宇津木の家を潰さずに済ませた一冊の帳面が、そもそも誰の手から流れてきた紙だったのかも、この年に分かる。
    値を決める役を、ひとりに持たせるのをやめるまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第一部の一冊目、シリーズの始まりです。ここから読めます。
  • 紙漉き十市(二) 宿場の紙問屋に一枚も買わぬと言われましたが、借りた蔵で濡れても読める荷札を漉いたら、飛脚問屋の荷方が毎日取りに来ます
    8/14(金)発売予定

    830pt/913円(税込)

    楮ヶ谷村の紙が、村の者の書いた値で動きはじめて一年。けれども村から外へ出る道は一本しかない。峠を越えた六斗宿に、七十年ものあいだ一手で紙を扱ってきた紙問屋・樽井屋がある。
    須賀十市、二十八。三太と二人で紙を六百枚担いで峠を下り、樽井屋の帳場に座る。壁の札には中判並が一枚八文、中判厚手が十二文、半紙が六文と書いてある。ところが帳面を覗くと、同じ紙に値が二つ並んでいた。現銀で払う者と、掛けで買う者。八文と十文、六文と八文。その差はどこへ行ったのか。全部買い上げると言う樽井屋惣兵衛に十市が首を横に振ると、惣兵衛は言った。ならばうちは、あんたの紙を一枚も買いません、と。
    十市が借りたのは柏屋の裏の空き蔵。月に八百文。北の壁を直し、杉板と竹釘で漉き舟を組むところから始める。目を付けたのは紙そのものではなく、飛脚問屋・梶屋の荷札だった。雨に濡れると字が読めなくなる。読めなくなった荷は取り違えられる。女将の佐久の帳では、去年の取り違えが四十二度、弁済が十二貫六百文。寒晒し、塵取り、叩解、漉き。十日かけて、十市は濡れても字の残る中判厚手を四百枚漉いた。注文はない。注文のないまま、梶屋の台へ置いてくる。
    宇津木千枝、二十五。樽井屋の赤茶の帳面の写しを許され、六斗宿で八文、三ツ屋で十文、音無で十二文と、宿場ごとに掛け値の幅が違うことを突き止める。その幅がどこへ落ちているのかを、千枝は三月という期限と利率で計算し直し、通りのまん中で読み上げる。
    十九日で一度まで取り違えが減ったころから、宿場の荷方が毎日、蔵へ荷札を取りに来るようになった。十市は買う側にも書かせる。この紙は何年もてばいいか。いくらまで出すか。旅籠の宿帳は三十年、酒屋の通い帳は五年、質屋の質札は二年、手習いの紙は一年。六軒ぶんの答えが一冊に綴じられ、「六斗宿 紙の帳」と名がつく。やがて蔵の賃が三倍になり、十市は宿場の外れの河原へ移った。屋根と片側の壁しかない漉き場を、宿場の者が手を貸して建てる。
    値の欄が二つある帳面を、一つにするまでの半年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第一部の二冊目です。
  • 紙漉き十市(三) 郡代に紙を下の下と決められましたが、三千枚に値を書いて運び入れたら、三村の漉き手が毎年の等級を待たずに値を書きに来ます
    8/15(土)発売予定

    830pt/913円(税込)

    鶴巻の郡代役所の門前に、その年の紙の等級表が下がった。上物が一枚十二文、中物が八文、並物が五文、下物が三文、下の下が一文。楮ヶ谷村は、下の下である。上物はただ一つ、役所の御用漉き場だけについていた。
    同じ日に触れが出る。今年より郡内で漉かれた紙はすべて御用として郡代役所が買い上げる、郡の外へ出すことも郡内の店へ売ることもならぬ。買い上げの枠は、三万枚で六十貫文。
    須賀十市、二十九。写しは出さぬと言われて、その場で膝をついて表を書き取った。
    宇津木千枝は十四年ぶんの触書を四通集めてくる。買い上げの枚数は一万五千枚から二万枚、二万枚から三万枚へと増えている。ところが六十貫文という数字だけは、十四年ずっと同じところに書かれていた。一枚あたり四文だったものが、二文になっている。
    御用漉き場の頭・灰田平助、六十一。七人で年に三万枚を漉く。白皮の入りは二十四年、七十五貫のまま動いていない。原料が同じで枚数だけ倍になったのなら、薄くなったのは紙のほうである。納屋の隅には、十三年前に折れた簀が置いてあった。目が一寸に十六本。今の役所の紙は二十二本である。
    峠の向こうの六斗宿では、郡内で売ることも買うこともならぬというその一行のせいで、飛脚の荷札も、旅籠の宿帳も、質屋の質札も、いっせいに止まっている。困っている者の数だけは、はっきりと数えられた。
    十市は書付を一枚こしらえる。郡代役所書き役用、中判厚手、三千枚、一枚六文、〆て十八貫文。受け取らぬと戻された翌る日、十市は言った。──待ちません。日はこちらで切ります。値は、漉いた者が書く。葉月の二十日に運び入れる、と。
    深田、上小野、楮ヶ谷。三つの村の寄合所に十九人が集まり、板に自分の値と、その紙が何年もつかを書いて貼りはじめる。助郷の見直しをちらつかせに小者が来る村もある。書かない者もいる。書かない理由のほうが、たいてい筋は通っている。
    葉月二十日、霧の朝。三千枚が門前へ運び込まれる。受け取らぬと言う手代の後ろから、郡代その人が出てきて、紙を一枚だけ持ち上げた。
    値を決める表そのものを畳ませ、三万枚という数字が本当は何枚なのかを言い直させるまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第一部の三冊目です。
  • 紙漉き十市(四) 領の記録所に紙を売ってもらえませんでしたが、百年もつ厚紙を漉いたら、書庫の写し役が毎回、自分の銭で紙を選んでくれます
    8/15(土)発売予定

    830pt/913円(税込)

    領の公の帳と証文と郷帳に用いる紙は、記録所の定めた紙に限る。外より入れたる紙、これを用ゐるべからず。城下の記録所の門前には、その触書が下がっている。
    須賀十市、三十。宇津木千枝、二十七。三太と三人で城下へ入り、まず記録所の紙を十枚だけ買った。八十文。宿の二階で棹秤に掛けると、今年の紙は十枚で二十五匁。五年前のものが三十五匁、十年前のものが五十匁ある。値は動いていない。薄くなっているのは紙のほうで、しかもそれは、一年ごとにきれいな直線を描いていた。
    写し役の真木佐保、二十六。十八の年から記録所の書庫を預かっている。北向きの土蔵の下段に積まれた古い綴りは、指を当てるとその場で粉になった。筆頭の沓掛頼母は湿気のせいだと言う。十市はその粉を摘まんで、灰汁で溶けた繊維の匂いを嗅ぐ。煮すぎと叩きすぎ。もとの紙が薄いのではない。もとの紙は、そもそももたないように作られている。
    菅井川端に、屋根の落ちた深山屋の空き小屋があった。月に五百文。屋根を葺き、簀屋の老人に簀を頼み、十日かけて最初の一枚を漉く。十枚で百匁。記録所の紙のちょうど四倍である。
    十市は「覚」を一枚書いて記録所へ出す。中判厚手、一枚十二文、文月の晦日までに二千四百枚納む。受け取りは保留とする、秋の評定を待て、と沓掛は言った。翌る日から記録所は十市に紙を売らなくなり、城下の紙屋も四軒が離れた。それでも十市は言う。──待ちません。日はこちらで切ります。
    名主の家へ紙を置いてくる。河原の子どもらに漉き返しを教える。灰色の再生紙が「下写し」に使えると気づいたのは、記録所の内側の者だった。やがて写し役たちは、自分の給金から自分の使う紙を選んで買いはじめる。買い入れのたびに棹に掛けて量る、という習いも、そこから生まれた。
    水無月の末から長雨が続き、書庫の下段十八綴りが崩れる。触った者の責めにされかけたその日、十市は十一束の写しを式台へ運び入れ、四十一年前の紙と、二十五年前の紙と、今年の紙を、順に棹へ掛けた。
    値の欄しかなかった帳面に、目方の欄がもう一つ増えるまでの九か月。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第一部の四冊目、第一部の締めくくりです。
  • 紙漉き十市(五) 隣領の紙座に四軒とも断られましたが、峠の茶屋に樽をひとつ置いたら、見知らぬ客が十日ごとに銭だけ置いていきます
    8/16(日)発売予定

    830pt/913円(税込)

    宿場と郡と城下。三つの売り先は去年のうちに通した。通した先はどれも去年と同じ枚数のままで、そこから先が無い。年が明けてからの入りが去年の七分しかないと千枝の帳が告げたとき、十市は東へ峠を越えることに決めた。四つ目の売り先を探しに行くためである。
    須賀十市、三十一。三太と二人で半紙十束、二千枚を担いで鳥越峠を越え、隣領の城下・紙屋町へ下りる。ところが店は四軒とも首を横に振った。座の紙でないと、この町では売れないのです。
    真室紙座の肝煎・犬飼五平、四十九。半紙一帖、四十文。これが町の値です。この値より高くも安くも売らせません。飢饉の年も四十文でした。──では、漉いた者にはいくら渡るのか。十二文です、と犬飼は答えた。四十文と十二文のあいだにある二十八文が、どこへ落ちているのか。それを訊く前に、十市は入座を断る。
    帰り道、十市は峠の茶屋の板囲いに十束を置き、傍らに樽をひとつ据えた。半紙一帖、三十文。番はいない。銭は樽へ入れてもらう。十日で三十七帖が売れ、樽には千五十文。ちょうど六十文足りない。その六十文をどう帳に書くかを、千枝は決めなければならなくなる。
    茶屋の主の弥兵衛は、六年前の夜にこの板囲いへ紙を置いていった男の顔を覚えていた。十市が都を出た年のことである。置いた当人のほうは、その夜のことを何ひとつ覚えていない。
    紙座の書役・鹿野音羽、二十一。数を読み上げるときだけ声が通る娘で、座の帳の裏にもう一冊、値を決めるための帳があることを知っている。十市と千枝は城下の座下の漉き手を一人ずつ訪ね、その手で漉ける値を書かせて回った。二十二文、二十四文、三十文、三十六文。幅は十四文。十人の値が十通りあることを、この町の誰も見たことがなかった。
    やがて座は楮そのものを押さえにかかる。山方と三年の約束が結ばれ、十市の手に楮が回らなくなる。楮が無いなら、楮でない紙を漉けばいい。三椏、そして雁皮。
    水無月の朔日、紙屋町の四つ辻に、十人と一人の値札が並ぶ。
    三十年前の帳の隅にあった「漉き手一同にて相定め候」という一行を、もう一度この町の現在にするまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻から第二部に入ります。
  • 紙漉き十市(六) 都の座に値を八文から六文へ下げられましたが、四つ辻に値の札を立てたら、手習い所の師匠が毎月同じ日に十三帖を頼みに来ます
    8/16(日)発売予定

    830pt/913円(税込)

    都の音は、峠を下りきるよりずっと前から聞こえていた。七年ぶりである。名を消された場所へ、十市は千枝と二人で戻ってきた。
    紙座の漉き場の入口に柱が立ち、板が下がっている。書いてある数は十六。明六つに座の帳付けが書き、書いたらその日はもう動かない。決めるのは座主である。そして座が漉き手から買う値は、七年前の八文が六文になっていた。都の紙が高くなったのではない。都の紙が安く買われるようになったのでもない。十六と六のあいだの十が、七年かけて広がっただけである。
    須賀十市、三十二。宇津木千枝、二十九。千枝の帳には五年ぶん、値の行だけが白いままになっている。都へ入った晩、千枝は十市に訊いた。三十日は待てますか。
    三条坊徳右衛門、六十三。座主は十市を座敷へ呼び、名を漉き手帳へ戻してもよいと言う。ただし値の根拠は語らない。年が明けてから、とだけ言う。
    十市は柳ノ渡しの東岸の廃屋に舟を据え直した。楮を煮て、叩いて、漉く。杉の板に墨で書いた値は、一帖十二文。板を四つ辻の土へ刺す。札は、立てた本人がそこにいなくても値を言い続ける。人の口は聞かれてから答えるが、札は聞かれる前に答えている。答えたあとで引っ込めることもできない。
    座の触れで市を追われ、土塀の切れ目へ移った。それでも人は来る。手習い所の師匠は子供が三十二人、清書は月に二度、ひとりが四枚。毎月同じ日に十三帖。絵草紙の板元が来て、寺の玄栄が来て、湯屋の女が来た。雪の晩には、座の下で漉いている男が浅瀬を渡って訪ねてくる。かつての同輩、布屋弥助、三十四。
    三十日を書き取るあいだ、十市は毎朝、舟の水を入れ替えつづけた。手間のわりに誰の目にも見えない仕事である。
    千枝が三十日ぶん都の値を書き取ると、そこに一つの癖が現れた。東から荷が着いた次の朝は、九回のうち九回とも値が下がっている。
    四つ辻に立つ札は、四十枚になり、五十三枚になった。
    十四年前、座主の家が焼けたとき、蔵の帳がたった一冊だけ焼け残っている。その一冊の裏打ちに使われていた紙を、十八の十市は覚えていない。
    一つしかなかった都の値が、札の数だけばらばらになるまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第二部の二冊目です。
  • 紙漉き十市(七) 公儀の触書で四等に置かれましたが、等級の外で漉きつづけたら、国じゅうの漉き手が日に二人三人、板の書きかたを聞きに来ます
    8/17(月)発売予定

    830pt/913円(税込)

    都の四つ辻には、値の札が立ちつづけている。数は日によって上下するけれども、去年の秋から下は五十を割っていない。十市の板もその中にある。杉の板に十二と書いて、朝のうちに土へ刺す。刺すのは千枝の役で、抜くのも千枝の役だった。
    睦月十日、紙改め所の門前に人が並ぶ。三十一人。読み上げられたのは、公儀の触書である。国じゅうの紙、これを五等に分かつ。等級ごとに値を定む。等級の外なる紙、売買を許さず。一等が一帖二十文、二等十六文、三等十二文、四等八文、五等五文。
    東岸の紙は、四等だった。
    須賀十市、三十三。宇津木千枝、三十。千枝は五年をかけて、国じゅうの紙の見本を桐の箱に集めてある。四百枚。数えてみると、一等が三枚、二等が二十五枚、三等が五十二枚、四等が百七十二枚、五等が百四十八枚。下の二つで八割である。国の紙のほとんどが、下の二つに置かれていた。
    十市は触書の紙を一枚もらい受け、その下にある四分の余白へ、墨で「十二」と書いた。三十年変わっていない余白である。書き添えられた触書は、改め所の下役・尾関又七の手で持ち帰られ、綴じるか捨てるかを彼が一晩考える。
    六斗宿では、その一枚を貼るか剥がすかで宿場が割れた。剥がせと命じた紙改役・曲淵監物、四十六。人を名ではなく等級で呼ぶ男である。
    皐月、二枚目の触書が出た。書き添えは禁ずる。ところが彫り直された版木の余白は、四分から八分に増えていた。四つ辻の札は四十九から四十六へ減り、それから五十四、六十三、七十一と戻っていく。国じゅうで自分の値を書き添えた者の数は、二百十四から三百七になった。千枝はその二つの数のあいだに、線を引かない。
    文月、十市は改め所へ呼ばれる。おまえの紙を一等の新しい見本にしてもよい、と曲淵は言った。二十文である。十市は断った。断って外へ出ると、断ったものの大きさが、ようやく重さになって手に載ってきた。三貫七百十文。皮を四貫買って、板を五枚新しくして、それでもまだ余る額である。
    等級の外という場所が、どこにあるのかを言い当てるまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第二部の三冊目、第二部の締めくくりです。
  • 紙漉き十市(八) 国境の関で荷を三月も止められましたが、潮の水で反らぬ紙を漉いたら、関の荷方が朝と晩、値の札を読みに坂を上がってきます
    8/17(月)発売予定

    830pt/913円(税込)

    国境の鵜坂の関で、紙の荷が三月止まっている。
    止めているのは関の紙役・辻堂主水。一番が一帖三十文、二番が二十四文、三番が十八文、四番が十二文、五番が八文。中の紙が突然「一番」に改められ、一番の値では向こうの国の店が首を横に振る。改められた荷はそのまま戻されて、坂の下には戻り荷の山ができていた。
    須賀十市、三十四。宇津木千枝、三十一。負い籠に帳面と墨と筆、それに油紙で包んだ紙が十帖。二十里を歩いてきた。
    塩ノ津の湊で、隣国の紙商・呉葉、三十五と出会う。潮屋の蔵に積まれた本国の紙は、十日で片側だけ反っていた。蔵の窓から入る風が、片面だけを先に乾かすからである。隣国の楮は海の近くで育つので繊維が短く、薄い紙にしかならない。だから本国の紙が要る。要るのに、反る。
    裏の漉き場は三年空いていた。井戸の水には潮が混じっている。硬い水である。硬い水で漉くと繊維の締まりが早く、そのかわり目が詰まる。柄杓の水の量と、桁を振る回数を、十市は一つずつ直していく。
    板に貼らず、二枚を背中合わせにして風だけで乾かす。合わせ干し。三千枚、百五十帖、五駄。十日置いても反らなかった。
    荷札に等級は書かない。書くのは、漉いた場所と、漉いた者の名と、値だけである。関はそれを受け取らなかった。等級の無い荷は改められぬ。改められぬ荷は通らぬ。十市は三日、荷を並べて関の前に立ちつづけ、四日目に引き上げる。四日目も立つと、立つことのほうが仕事になってしまうからだった。
    千枝が突き合わせたのは、峠下の会所にある二冊の見合わせ帳である。両国が別々に付けている。同じ荷の同じ月で、三年ぶん七十二貫の食い違いが出た。「中」と「三番」という呼び名が、二冊のあいだで一つずつずれていたせいだった。
    三太は関の下と炭焼き小屋のあいだを、一日に一往復半する道を組んだ。関を通らずに荷を運ぶ道である。呉葉は買い手を探し、千枝は荷の傷みの深い順を数えた。誰も、関が開くのを待っていない。
    やがて関が閉まる。紙も塩も干魚も竹も止まる。十市は関の外の無主地に、丸太八本と菰の壁で仮の蔵を建てはじめる。
    国境で紙が、等級ではなく値で通るようになるまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻から第三部に入ります。
  • 紙漉き十市(九) 評定を経ねば蔵は見せられぬと言われましたが、山の水を引いて崩れぬ紙を漉いたら、写し役が五日ごとに写した冊を積んでくれます
    8/18(火)発売予定

    830pt/913円(税込)

    十九日かけて海を渡った。
    大陸の湊、白沙。東の蔵に積荷帳が二百二十冊ある。開いて読めるのは、そのうちの一冊だけだった。あとは指を当てると裂ける。裂け口を見ると、繊維が絡んでいない。
    須賀十市、三十五。宇津木千枝、三十二。三太と、隣国の紙商・呉葉が一緒である。
    興州の総記録所には、蔵が七棟ある。目録役の白鷺玄蕃、五十八。三年前の夏から、こちらの目録も同じように崩れはじめた。千枝が数えると、七棟で千二百冊。読めるのは六百冊。いま写しはじめても千日かかる。しかも崩れていく速さのほうが、写していく速さより速い。
    そのうえ蔵を見るにも手続きが要る。評定を経ませんと、総記録所の蔵はお見せできませぬ。評定はいつだ。月に二度でございます。
    十市が最初にしたのは、紙を漉くことではなく、蔵の庇の板を外すことだった。風の道を作るためである。板は二十一枚。許しが出るまでに五日かかった。それだけで崩れは一日五百枚から三百枚に落ちる。まだ追いつかない。
    次に、水を替えた。漉き場から六町のぼった岩の割れ目に、冷たい水が出ている。煮ても白い垢のつかない水だった。竹の樋を六町引く。水が変われば繊維が絡む。灰汁抜きも、村の十日ぶんがここでは五日で足りた。溜め漉きを流し漉きに替えると、一舟が百枚から百五十枚になり、四舟で一日六百枚になる。
    ところが紙は売れずに積み上がった。使う側が値のところで止まっている。役所は紙の値を十六と定めようとしていた。漉き手の賃が出ない値である。
    紙を漉くことよりも、写す手を増やすことのほうが難しい。役人を写しに回し、庇の下と廊下に机を出し、写し役は百八人になった。一日千八十枚。崩れは一日八十枚まで落ちる。写しが崩れを追い越したのは、その日だった。手習いの子らは大根や竹の輪切りで印を作り、自分の写した頁に押しはじめる。
    白沙の東の蔵では、康六という老いた書役が、誰にも言われないまま自分の手で写しはじめていた。十市はその名を、村を出るときから持っている薄い帳の新しい頁に書きつける。何の名か、どういう者かは書かない。日付だけを横に入れる。
    断るという役目を、自分の手から誰かへ渡してしまうまでの一年。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻は第三部の二冊目です。
  • 紙漉き十市(十) 紙の値を決める席に一人で座れと言われましたが、席を空けたまま漉いたら、宿駅の荷方が来るたびに自分の在の札を探してくれます
    8/19(水)発売予定

    830pt/913円(税込)

    席は一つでよいのです、と都築平右衛門は言った。座るのは一人です。国じゅうの紙の値を、その席に座った者が決める。決めたら触れを出して、その値で買い、その値で売る。それだけです。
    川口に建ちかけているのは、紙の値を決める会所である。平右衛門は七十二。座ってほしい相手として名指されたのは、須賀十市、三十六だった。
    この十年で、値を決める役を降りた席がいくつもある。降りたあとに残ったのは、漉いた者が自分で値を書くという形だけだった。その形を国の外まで持っていくには、まとめる者が要る。理屈は通っている。通っているから厄介だった。
    宇津木千枝、三十三。会所が集めた千二百八十の漉き場の調べ書を開き、数の重なりと数え方の食い違いを、その場で拾い出す。書役の名簿には、鹿野音羽と尾関又七の名があった。
    十市は返事をせず、刈り入れは霜月の十日にします、とだけ答えて村へ帰る。楮ヶ谷の川原では、水を張った漉き舟が十四に増えていた。三太は二十八。値の話をするときだけ、十市と同じ間で話すようになっている。才蔵は七十五で床についていて、自分の簀桁を十市に譲ろうとした。十市は受け取らない。
    医者が、冬までだと言いました。千枝がそう言ったのは、都の漉き場でのことだった。三人に診せて、三人目を信じることにしたのだという。いちばん長く胸に耳を当てた人ですから。字は一日に八枚まで。九枚目から線が震える。去年は十二枚、一昨年は十五枚だった。
    皐月の晦日、十市は四千七百枚を会所へ納め、六文という値と、その内訳を並べて見せる。会所開きの日、上座の机は空いたままだった。空いた机の上に、灰田平助が自分の紙の値を置き、布屋弥助が売値を置き、真木佐保が何年もつかを置いていく。
    壁の札は、四百十二枚になった。
    水無月の増水で村の川原が流され、寺の過去帳が濡れる。三冊のうち、厚紙で綴じた十七丁だけが残った。二十四年前に十市が初めて漉いた紙が、どこに綴じられていたのかも、その十七丁で分かる。
    値を決める席そのものを、誰も座らないまま無くしてしまうまでの一年。──十年をかけた話が、ここで終わります。
    【紙漉き十市 全十巻】一~四巻=村と領内/五~七巻=都と国/八~十巻=国の外。本巻が完結巻です。

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