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RM Library(RMライブラリー) Vol.310 NEW

1,300pt/1,430円(税込)

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390pt/429円(税込)

作品内容

※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。戦前から戦中期にかけて、福岡県内の鉄道および軌道では軍需工場の職工輸送などにより大変な混雑が生じていました。特に、当時日本の4大工業地帯のひとつであった北九州工業地帯では、混雑緩和のための輸送力増強は急務となり、資材も欠乏する中、打開策として導入されたのが2~3車体をつなげる「関節車」(現在でいうところの連接車)でした。本書では西日本鉄道の各線(大牟田線、三井線、北九州線、福岡市内線)に登場した試作的な連接車や計画のみで終わった幻の車両、高度成長経済期において北九州地区と福岡市内に投入された新型車両など、輸送力確保のための模索の過程を解説します。目次口絵巻頭グラフ かつての連接車王国 西日本鉄道西鉄北九州線連結運転概念図西鉄北九州・福岡市内線路線図はじめに1.西鉄大牟田線500形/1.1 九州鉄道から西鉄大牟田線へ1.1 九州鉄道から西鉄大牟田線へColumn 1 関節車・連節車・連接車の定義1.2 大牟田線500形の登場Column 2 単線鉄道高速化のパイオニア 九州鉄道II2 三井線の四軸関節車 2.1 西鉄三井(みい)線概説/2.2 「四軸関節車」の投入2.2 「四軸関節車」の投入2.3 四軸関節車の試作車 101・102号の概説2.4 四軸関節車の車歴Column 3 四軸関節車102号と函館市電の復元車39号「函館ハイカラ號」2.5 「四軸関節車」の終焉と三井線北部の「中速化」3.北九州線の連結運転計画から関節車導入まで/3.1 九州電気軌道→西鉄北九州線概説3.1 九州電気軌道→西鉄北九州線概説3.2 連結運転対象車両Column 4 戦時中の他社における連結運転3.3 西鉄北九州線 戦後の情勢3.4 北九州線1000形関節車の概要Column 5 北九州線1000型関節車の意匠・車体デザイン4.福岡市内線の連接車 4.1 西鉄福岡市内線の概説/4.2 連接車の導入経緯4.2 連接車の導入経緯4.3 福岡市内線連接車の概要Column 6 入線直後の大改造 ~1101形の前面窓~おわりに奥付・既刊紹介・英文

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作品ラインナップ 

  • RM Library(RMライブラリー) Vol.310

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。戦前から戦中期にかけて、福岡県内の鉄道および軌道では軍需工場の職工輸送などにより大変な混雑が生じていました。特に、当時日本の4大工業地帯のひとつであった北九州工業地帯では、混雑緩和のための輸送力増強は急務となり、資材も欠乏する中、打開策として導入されたのが2~3車体をつなげる「関節車」(現在でいうところの連接車)でした。本書では西日本鉄道の各線(大牟田線、三井線、北九州線、福岡市内線)に登場した試作的な連接車や計画のみで終わった幻の車両、高度成長経済期において北九州地区と福岡市内に投入された新型車両など、輸送力確保のための模索の過程を解説します。目次口絵巻頭グラフ かつての連接車王国 西日本鉄道西鉄北九州線連結運転概念図西鉄北九州・福岡市内線路線図はじめに1.西鉄大牟田線500形/1.1 九州鉄道から西鉄大牟田線へ1.1 九州鉄道から西鉄大牟田線へColumn 1 関節車・連節車・連接車の定義1.2 大牟田線500形の登場Column 2 単線鉄道高速化のパイオニア 九州鉄道II2 三井線の四軸関節車 2.1 西鉄三井(みい)線概説/2.2 「四軸関節車」の投入2.2 「四軸関節車」の投入2.3 四軸関節車の試作車 101・102号の概説2.4 四軸関節車の車歴Column 3 四軸関節車102号と函館市電の復元車39号「函館ハイカラ號」2.5 「四軸関節車」の終焉と三井線北部の「中速化」3.北九州線の連結運転計画から関節車導入まで/3.1 九州電気軌道→西鉄北九州線概説3.1 九州電気軌道→西鉄北九州線概説3.2 連結運転対象車両Column 4 戦時中の他社における連結運転3.3 西鉄北九州線 戦後の情勢3.4 北九州線1000形関節車の概要Column 5 北九州線1000型関節車の意匠・車体デザイン4.福岡市内線の連接車 4.1 西鉄福岡市内線の概説/4.2 連接車の導入経緯4.2 連接車の導入経緯4.3 福岡市内線連接車の概要Column 6 入線直後の大改造 ~1101形の前面窓~おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.309

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。鉄道車両の台車は、2つの車輪を持つ二軸台車が一般的ですが、ごく一部に輪軸を1軸しか持たない「一軸台車」というものが存在します。それまで二軸貨車などで多数使われていた古典的な走り装置と比べて「台車枠」と呼ばれる部位が存在するもので、機関車の軸重軽減のための遊輪や、レールバスなどのように二軸車の乗り心地を向上させるために空気バネを採用したものがそれにあたります。本書では日本国内の一軸台車を履いた車両について、一般の鉄道車両からモノレール、新交通まで幅広く取り上げ、その構造や一軸台車を使用するに至った経緯について解説を行います。目次カラー口絵巻頭グラフ 一軸台車を履いた車両はじめに序論 一軸台車とは何か1.機関車/1.1 国鉄DD91形式1.2 国鉄DD54形式1.3 国鉄ED62形式2.電車/2.1 東京急行電鉄デハ200形2.2 日立製作所製アルウェーグ式モノレール2.3 札幌市交通局1000・2000形3.新交通システム/3.1 日本車輌製造・川崎重工業・新潟鐵工所の新交通システム4.気動車/4.1 富士重工業製LE-Car5.貨車/5.1 国鉄レム9000形式5.2 国鉄ヨ9000形式6.保守用車/6.1 富士重工業・新潟トランシス製電気作業車・確認車6.2 JR西日本テクノス製高速確認車・高速軌道モータカー6.3 三菱重工業製確認車6.4 Plasser&Theurer製マルチプルタイタンパ・電気作業車Column  レール削正車編成の休憩車参考文献おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.308

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。戦災から立ち上がり、復興期に入って旧型車両の更新や高性能車両の新製を積極的に進めていた大阪市電ですが、1960年代に入るとトロリーバスが運行開始されたほか、自動車の増加により市電も定時運行ができなくなり、乗客減による赤字を補うために不要となった車両の他鉄道への譲渡が進められました。この時期に大阪市電から他社に譲渡された車両は160両を超え、全国各地の都市に元大阪市電の電車が見られるようになりました。 本書では乗客減により廃線が進められ、1969(昭和44)年に市電が全廃されるまでの晩年期の譲渡車両について、大阪時代の種車も含め譲渡先会社別に解説します。目次カラー口絵巻頭グラフ 大阪市電とその譲渡車両晩年期編のはじめに13.市電晩年期の譲渡背景14.種車別車両解説Column 8 先進性が仇にもなった3001型15.鹿児島市交通局16.熊本市交通局Column 9 大阪市電廃止記念行事17.神戸市交通局18.広島電鉄19.南海電気鉄道 大阪軌道線(現・阪堺電気軌道)20.長崎電気軌道Column 10 市電保存館21.周辺機器の譲渡22.一般譲渡車Column 11 市電ゆかりの遺構資料 大阪市電譲渡車一覧表(晩年期編)おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.307

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。大阪市電が開業したのは1903年(明治36年)9月のことで、わずか2両の電車と8名の乗務員から始まりました。その後大阪市内にくまなく路線を拡大し、最盛期で900両を超える車両が活躍する大所帯となりました。一方、他鉄道への譲渡は1911年(明治44年)より開始され、300両以上の車両が関東や四国・九州に至るまで、さらに一部は満州にも渡って活躍しました。本書では、明治末期から1969(昭和44)年の市電全廃までの車両の譲渡記録の中から、明治期の1910年代から戦後の1940年代までについて、その種車も含め紹介します。翌月発刊予定の308巻(晩年期編)では高度経済成長期を迎え、廃線が進められた晩年期の譲渡車について紹介します。目次カラー口絵巻頭グラフ 保存車両に見る往時の大阪市電はじめに序. 大阪市電 戦前型車両の譲渡背景Column1 11型の製造所1.松山電気軌道2.龍野電気鉄道(→播電鉄道)3.横浜市電気局4.阪神急行電鉄・長崎電気軌道/5.鹿児島電気軌道6.広島瓦斯電気7.阪堺電鉄Column2 台風と高潮8.福博電車9.熊本市電気局Column3 台車だけが譲渡された1501・1531型Column4 大阪市電30号10.新京交通11.廣瀬製作所・伊予鉄道Column5 戦後の譲渡背景について12.琴平参宮電鉄Column6 1601型メモColumn7 廣瀬車輛株式会社と大阪車輛工業株式会社大阪市電譲渡車一覧表(戦前・戦後期編)おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.306

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。第三セクター鉄道の「北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線」は、もともと網走本線として根室本線の池田から分岐し野付牛(現在の北見)を経由して網走までを結ぶ国鉄の幹線として、明治時代末期に開通しました。昭和に入って石北本線により旭川~北見間が最短ルートで結ばれると網走へのルートはそちらが主力となり、池田~北見間は池北線として分離されました。国鉄時代の1980年代に池北線は特定地方交通線に指定され、廃線か経営分離かの選択を迫られましたが、JR化後の1989(平成元)年に第三セクター鉄道に転換、「北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線」として再出発しました。北海道では唯一の第三セクター鉄道として注目され、路線名にちなみ松本零士氏作の「銀河鉄道999」のラッピングを一部車両に施すなどで話題を集めましたが、経営不振により開業17年後の2006(平成18)年には廃止、今となっては営業期間よりも廃止後の方が長くなっています。目次カラー口絵巻頭グラフ 池北線からふるさと銀河線へはじめに1.網走本線~池北線/1.1 池田~淕別~野付牛間開業1.2 石北線開業前の網走本線1.3 石北本線の開業/1.4 戦時中の川上駅1.4 戦時中の川上駅1.5 戦後の網走本線1.6 1961 年に池北線に改称1.7 国鉄・JR 時代最後の姿2.北海道ちほく高原鉄道/2.1 第2次特定地方交通線最後の転換2.1 第2次特定地方交通線最後の転換2.2 省力化を実施2.3 基金の枯渇が廃止の引き金2.4  最終営業日~2006(平成18)年4月20日3.沿線・施設/3.1  ふるさと銀河線乗車記 2006 年1月8日3.1 ふるさと銀河線乗車記 2006 年1月8日3.2 各駅の紹介4.車両5.廃線後のふるさと銀河線/5.1 北見~置戸間5.2 置戸~陸別間5.3 陸別~足寄間5.4 足寄~池田間おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.305

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。戦後の1948(昭和23)年6月に東京急行電鉄(いわゆる大東急)から分離して誕生した京王帝都電鉄では、1953年より用途を失った車両の他私鉄への譲渡が開始されました。特に1960年代に入ってからは電鉄傘下の京王重機で譲渡先の鉄道に合わせた仕様に改造できるという強みもあって、これまでにおよそ170両を全国各地の鉄道に送り出しました。さらに最近では銚子電鉄や岳南電車に見られるように、京王からの譲渡車が他私鉄に再譲渡される例も生じています。本書では、1950年代より譲渡が開始された庄内交通、越後交通長岡線、松本電鉄をはじめ、京王線の名車と呼ばれた5000系が譲渡された富士急行や高松琴平電気鉄道、伊予鉄道など、また井の頭線ステンレスカー3000系が譲渡された北陸鉄道や上毛電鉄、伊予鉄道などといった京王帝都電鉄発足以降の歴代譲渡車両を、譲渡先の鉄道会社別に紹介します。目次カラー口絵巻頭グラフ 京王帝都電鉄の譲渡車両口絵はじめに1.東北・甲信越/1.1庄内交通湯野浜線1.2 越後交通長岡線(←長岡鉄道)1.3 松本電鉄(現・アルピコ交通)1.4 富士急行(現・富士山麓電気鉄道)Column 今も生きる京王木造車の台枠2.関東・中部/2.1 上毛電気鉄道2.2 わたらせ渓谷鐵道2.3 銚子電気鉄道2.4 岳南鉄道(現・岳南電車)3.北陸・近畿/3.1 北陸鉄道3.2 京福電鉄福井支社3.3 近江鉄道4.中国・四国/4.1 一畑電気鉄道(現・一畑電車)4.2 高松琴平電気鉄道4.3 伊予鉄道おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.304

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。前巻(303巻)で取り上げた北海道・釧路炭田の雄別鉄道(釧路~雄別炭山間44.1km)および同じ雄別炭礦系列の尺別鉄道(尺別~尺別炭山間11.8km)で活躍した、歴代の車両について解説します。 石炭輸送を主軸とした両社では、大正時代の開業以来、牽引機として多数の蒸気機関車が使用されてきました。当初はドイツや米国などからの舶来機やその設計に倣った国産機が主力でしたが、後にC11やC56などの国鉄同型機が加わりました。 戦後は気動車やディーゼル機関車の導入で輸送の近代化が図られますが、炭鉱事故による閉山に伴い雄別・尺別両鉄道ともに1970(昭和45)年に廃線となり、雄別鉄道の気動車は関東鉄道へ譲渡されたほか、一部の機関車は埠頭線を継承した釧路開発埠頭へと引き継がれました。目次口絵はじめに1.雄別炭礦鉄道(雄別鉄道→釧路開発埠頭)の車両/1.1 蒸気機関車Column 輸入4形式1.2 ディーゼル機関車1.3 気動車1.4 客車1.5 貨車(1968年2月在籍車)1.6 廃止後の状況2.雄別炭礦尺別専用鉄道(→雄別炭礦尺別鉄道)の車両参考文献おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.303

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。北海道・釧路炭田で石炭輸送路線として活躍した雄別鉄道(釧路~雄別炭山間44.1km)および同じ雄別炭礦系列の尺別鉄道(尺別~尺別炭山間11.8km)について取り上げます。雄別鉄道は、1923(大正12)年に北海炭礦鉄道として開業後、雄別炭礦鉄道を経て1959(昭和34)年には雄別鉄道と改称され、石炭や鉱員輸送のために活躍しました。戦後は気動車やディーゼル機関車の導入など輸送の近代化が図ったものの、雄別炭鉱の出炭量が1964(昭和39)年度をピークに減少、引込線建設時の負債による経営悪化も合わせ、さらに1969年の炭鉱事故を契機とした閉山により翌1970(昭和45)年4月、両鉄道ともに廃止されました。 9月発刊のRML303巻では、石炭輸送の要として誕生した雄別鉄道および尺別鉄道の生い立ちについて解説します。両社の歴代車両については10月発刊予定のRML304巻で掲載します。目次口絵巻頭グラフ 炭鉱の物流と暮らしを支えた雄別鉄道はじめに1.雄別炭礦鉄道(→雄別鉄道→釧路開発埠頭)の沿革/1.1 雄別炭鉱の開発1.2 北海炭礦鉄道開業1.3 戦時輸送1.4 戦後復興1.5 釧路埠頭倉庫設立と埠頭線の開業1.6 気動車導入と鉄道部門分離・独立1.7 鶴野新線の開通1.8 閉山と廃線1.9 釧路開発埠頭線Column.1 釧路製作所2.運行状況2.3 北急2000型のその後3.施設/3.1雄別本線/3.2埠頭線3.3鶴野線/3.4水面貯木場線/3.5鳥取側線4.釧路から雄別炭山へColumn.2 雄別炭礦茂尻鉱業所専用線/Column.3 明治鉱業庶路鉱業所専用線5.雄別鉄道の遺産6.雄別炭礦尺別専用鉄道→雄別炭礦尺別鉄道/6.1 沿革6.2 施設6.3 沿線・駅おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.302

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。今から55年前の1970(昭和45)年、「人類の進歩と調和」をテーマに、日本万国博覧会(大阪万博)が大阪の千里丘陵で開催されました。昭和の高度経済成長期を象徴する国家的なイベントとして、1964(昭和39)年開催の「東京オリンピック」とともに今でも語り継がれています。この万博開催決定に伴い、当時は竹林が広がり未開発であった千里丘陵に向けて、会場アクセスとなる2つの鉄道ルートが整備されました。ひとつは新大阪止まりだった大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線を延伸して、新規に建設された北大阪急行電鉄へ直通するもの、もうひとつは地下鉄堺筋線を新規に建設し、既存の阪急千里線と相互乗り入れするものです。この両線の整備によって、万博会期中の総入場者数6,422万人のうち両線合わせて約2,100万人の輸送を実現、観客輸送に大きな役割を果たしました。目次口絵巻頭グラフ 千里丘陵を目指した2つの万博ルートはじめに1.御堂筋線と北大阪急行電鉄の相互乗り入れ 1.1 北大阪急行電鉄の創立と御堂筋線の延伸1.2 万博の輸送計画1.3 万博開催を控えた地下鉄と市電1.4 万博に備えた新造車両 -大阪市交通局30系と北急2000系-1.5 万博の開催から閉会まで1.6 万博期間中の車両運用と5000型貴賓車2.万博終了後の御堂筋線・北急用新造車両 2.1 交通局30系のその後2.2 北急7000・8000型のその後2.3 北急2000型のその後3.堺筋線と阪急電鉄との相互乗り入れ 3.1 堺筋線の相互乗り入れ先の選定3.2 阪急との相互乗り入れ交渉3.3 堺筋線の建設3.4 東吹田検車場について3.5 交通局60系90両の新造3.6 堺筋線の開通3.7 堺筋線と万博輸送4.万博終了後の堺筋線用車両 4.1 60系のその後4.2 60系の冷房改造について 4.3 60系の引退4.4 6014号の保存おわりに奥付・既刊紹介・英文
  • RM Library(RMライブラリー) Vol.301

    1,300pt/1,430円(税込)

    ※電子版では、紙の雑誌と内容が一部異なる場合や掲載されないページがあります、予めご了承ください。RMライブラリー 301巻では、特別編集の300巻に続き国鉄の荷物列車について取り上げます。戦前・戦後を通し、国内の荷物輸送において独占的な立場であった国鉄ですが、道路網の発達とともにトラック輸送が急伸、特に1976(昭和51)年に「宅急便」が台頭してからは小荷物輸送量は急減します。国鉄側でもパレット輸送の導入や運行の合理化で経営改善を図るものの赤字は拡大する一方で、1986(昭和61)年10月末をもって荷物輸送は終了しました。本書では晩年期の国鉄荷物輸送を解説するほか、運行上の工夫や戦前・前後の荷物輸送の様子、そして巻末には1964~1985年の荷物列車編成例(約170本)を掲載するなど、荷物列車についての豊富なトピックを全56頁で分かりやすく解説します。目次口絵写真続編のはじめに12.昭和50年代 ― 急減する輸送量と立て直しの模索13.横浜羽沢駅の誕生 ― 始まった東京圏通過列車14.郵便・荷物輸送の終了15.荷物列車の工夫/15.1 繁忙期の臨時列車15.2 現金輸送車の増結/15.3 荷物列車を牽引した機関車15.4 荷物輸送を東西で分断した暖房方式15.5 米軍専用の荷物輸送15.6 荷物列車が走らなかった主要幹線15.7 一度では理解できない複雑な積載方16.戦前・戦後の荷物列車/16.1 戦前の小荷物列車/16.2 米軍輸送に間借りした敗戦後の輸送16.3 ワキ列車による救済と荷物列車の増発16.4 1956年の荷物列車16.5 「時刻表」への掲載16.6 急行の混雑緩和のための荷物列車増発/16.7 1959年の荷物列車17.旅客局荷物課OBに聞く(2)18.荷物列車の編成推移おわりに奥付・既刊紹介・英文

レビュー

RM Library(RMライブラリー)のレビュー

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最新のレビュー

う〜ん、深い
70系戦災復旧車は、その出自が大変複雑で、それを体系的にまとめた本書は、70系戦災復旧車の研究にとてもありがたい存在です。
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2023年10月20日

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