近代神経学の創始者ジャン=マルタン・シャルコー(1825-93年)は、パリ大学で学び、パリ医科大学の病理解剖学の教授を務めたあと、1882年にはサルペトリエール病院の神経病学の教授となった。同病院での膨大な臨床経験を通して神経学を確立したシャルコーの理論は、『火曜講義』と呼ばれる公開講義を通して知られるようになる。ヒステリー患者のパフォーマンスも行われたこの講義の様子は、アンドレ・ブルイエ(1857-1914年)の絵画(1886年)に描かれている。
カタレプシー、嗜眠、夢中遊行という三つの状態をたどる「大ヒステリー=大催眠理論」を打ち出したシャルコーは、精神病理の領域に催眠術を導入したことで知られ、その理論はジークムント・フロイトやピエール・ジャネのほか、ジョセフ・バビンスキー、ピエール・マリーらに影響を与えた。
本書の前半では、金曜日に行われていた『神経病学講義』を基にシャルコーの理論を概観し、さらにその生涯の事績を跡づけていく。その上で、後半では、医学を超えて思想や文学の領域にも見られるシャルコーの残響を見ることで、著者が「シャルコー的問題」と呼ぶものの広がりを示す。
「神経病学のナポレオン」あるいは「科学界の帝王」と呼ばれたこの知の巨人は、『神経病学講義』や『火曜講義』の全訳が存在しないこともあって、日本ではよく知られているとは言いがたい。生誕200年を迎える2025年、すでに定評を得た概説書である本書を、全面的な改訂を施した決定版として、ここに刊行する。
[本書の内容]
第一章 すべてはシャルコーからはじまる
第二章 男性ヒステリーとは?――『神経病学講義』より
第三章 シャルコー神経病学の骨格
第四章 大ヒステリー=大催眠理論の影響――フロイト、ジャネ、トゥーレット
第五章 シャルコーとサルペトリエール学派
第六章 『沙禄可博士 神経病臨床講義』――『火曜講義』日本語版の成立と三浦謹之助
第七章 シャルコーの死とその後
第八章 シャルコーと一九世紀末文化――ゴッホのパリ時代と『ルーゴン・マッカール叢書』
終 章 ヒステリーの身体と図像的記憶
文献一覧
あとがき
学術文庫版あとがき