渡りの湊、二十八。壊れて直らぬと言われた古い物を、道具箱ひとつで町から町へ直して回る渡り職人。だが湊がほんとうに直すのは物ではなく、その物に縛られて止まった人の時間のほうだ。晩秋、湊は雪の早い盆地の町・霜月に着く。祖父の割れた唐臼を踏めずにいる少女・すずに湊は、三巻までのしくじりに懲りるあまり用心が過ぎ、「わざと壊して遺したのでは」と深読みして手を貸さず、かえって傷つけてしまう。だが唐臼には深い謂れなどなく、ただ杵が割れていただけだった。湊は杵を挿げ替えてあっさり直し、すずは搗いた米で病の祖母に甘酒を作って、なんの含みもなくただ喜んだ。用心もまた、時に人を突き放す刃になる。
元造り酒屋『霜月屋』の主・宇八の槽は、四年前に父・宇兵衛が最後の仕込みのもろみを搾る途中で死んで以来、止まったままだった。宇八は父に「俺の酒を超えてから一人前だ」と言われ、搾れば父に及ばぬのを思い知るのが怖くて、酒袋を槽に残して手を出せずにいた。湊は初めて師匠の止まった時計を人に――宇八に見せ、六年ねじを巻けずにいることを打ち明ける。心をほどいた宇八は本当の理由を語った。だが湊は、宇八を怖れから救おうとして、父の最後のもろみを宇八の代わりに自分の手で搾ってしまう。槽口から新酒が垂れるのを見た宇八は激昂した。あれは俺が搾らねば意味のない親父の酒だ、と。湊は当人の手から仕事を奪った過ちを悟る。
ちょうどそこへ、独りで釜と格闘する冬吾から「渡り歩きなどやめて楢戸に腰を落ち着けてくれ」と迫る手紙が届く。湊は、自分がたった今宇八にしたことと同じことを、されていた。宇八は詫びを聞いても、勝手に搾った酒のことも湊のことも許さない。それでも湊は逃げず、宇八がいつか自分の手で搾れるよう、槽を洗い新しい仕込みの支度だけを黙って整える。宇八はなお許さぬまま、湊の搾った新酒を父への手向けに雪へ静かに注いだ。湊は冬吾へ「渡り職人はやめない。だがそれはあなたを捨てることではない。待つのはやめないが、縛られもしない」と返事を書き、道具箱の底の時計を出して竜頭に力をかける――あと一息で動く手応えを指に感じながら、それでも巻かず、初めて油紙にしまわずに胸の内ポケットへ移した。許されぬまま雪の霜月を発つ湊の足あとを、降りしきる雪が一つずつ消していく。
本作は「渡りの湊」シリーズ第4巻(全4巻・完結)。