幼い頃から「可愛げがない、情の薄い、誰にも懐かれない冷たい子」と言われ続けてきました。一度だけ心を許して懐いた相手に都合よく使われ、末に切り捨てられてから、わたしは自分から情を示すことが怖くなって、気配を殺して生きるようになったのです。
住み込みで入った闘犬師の家の要さんは、犬を昂らせぬためか、低く短い声と身振りだけで指図する人でした。けれど要さんは素手を犬舎に差し入れる前、懐から握り玉を出して手を温め、ある日それをわたしの冷えた手に握らせたのです。理由を尋ねても、低く短い答えしか返ってきません。
牙を剥いた犬の前に素手を入れてわたしを庇い、わたしのために初めて雇い主に逆らってくれて、名前を呼んでくれて——最後の夜、要さんは握り玉を置いて、道具を介さず、じかにわたしに触れたのです。
あの握り玉が、いつから、誰の手のために誂えられていたのか。わたしは最後まで、知りませんでした。
本作は黒瀬亘の「わたしの手だけ温める」シリーズ。一話完結・どこからでも。