姉といつも比べられ、「できない方」という評価を、家中に貼られて育ちました。答案の点数を見るのが怖くて、間違えるたびにわたくしは、まず先に謝ってしまうのです。
新しい家庭教師の慧さんは、穏やかで、間違いを咎めずに解き方だけを教えてくれる人でした。その慧さんが、授業の終わりに渡してくれる紅茶を、いつも一口だけ先に飲んでから差し出すのに、わたくしは気づきました。理由を尋ねる勇気は、なかなか出ませんでした。
「できないことと、価値がないことは違う」と静かに言われ、間違えた答案を見せても叱られない経験を、初めてしました。わたくしのために初めて誰かが動いてくれて、下の名前を呼ばれて——最後の夜、慧さんは紅茶を置いて、授業ではなく、じかにわたくしに触れたのです。正解ではなく、たどり着くまでの途中を見ていてくれた人は、あなたが初めてでした。
あの一口が、いつから、誰のために始められた習慣だったのか。わたくしは最後の夜、ようやく知ったのです。
本作は神代のえるの「あたためておくのです」シリーズ。一話完結・どこからでも。