笑いとキュンと両方楽しめる一生懸命JK物語





2018年5月6日
そこそこ可愛いのに痛い女子高生がお得意の幸田先生の、生徒と教師の恋愛物作品。暴走のスケールが枠に収まることなく、どこまでも突っ走って行くため、時々引いてしまうがそこを受け入れられれば楽しい学園物。
先生が冷淡に見えるような反応をするため余計に、主人公あゆはの空回りぶりが際立つ。
先生が自覚し始めてからは読者としては、あゆはの有り余るポジティブさがもたらす思わぬ成果に、こちらの胸がギュッとなるときが所々ある。二人が付き合うことになるときの、弘光先生の堂々とした態度にも結構やられる。
幸田先生は「ヒロイン失格」でも、主人公JKが痛くて、しかも相手が容赦なく厳しくてつれないという冒頭、主人公が辛過ぎる境遇がこれでもかと描写され、相手の冷たさに読み手のこちらの方が凍る、という両作品被る展開から入るだけに、こちらは反面、後でラブモードに大転換する、その、私の好みに合った進行をしてくれる展開が嬉しい。兄弟という「同姓」の相手役を配することで、江戸(弟)の仇を大阪(兄)で一応取った感もあるのだが。リベンジと思うと、ある意味リベンジかな、辛うじて、と考えられなくもない。(でも、兄は兄だ、と思っている。いや、違う違う、という気分で、あっちの弘光贔屓気分をこちらで癒すのだ。)
熱血青春の勝利で、努力する者が勝つ、みたいな爽快さは確かにある。
「動かなかったら後悔するもん」、とあゆはに言わせ、めちゃくちゃでも先生に振り向いて欲しい一心のあゆはのエネルギーに、このストーリーの応援歌的な強い生命力を感じる。
あゆははそれなりに可愛いのだろうけれど、ギャグ要素が私には時折余りに強過ぎて、集中力が切れることがある。崩れ具合が私の受け入れ範囲の外にある。面白さはよくわかるのだが、強烈なのだ。ツンとデレの間を広げて効果を上げた分を割り引いて考えたくなってしまう。
「まったく考えられないけど/そこまで言うならいいよ/俺を落としてみなよ」からの、弘光先生の落ちっぷりの落差を楽しめる話というかー。
キャラを表してる言葉であるが「バーカ」も多いのが気になる。
それでも、先生発の行動と言葉がもたらすキュンは弘光先生ならではのインパクトがあって、この作品の面白さを盛り上げる。
先生が冷淡に見えるような反応をするため余計に、主人公あゆはの空回りぶりが際立つ。
先生が自覚し始めてからは読者としては、あゆはの有り余るポジティブさがもたらす思わぬ成果に、こちらの胸がギュッとなるときが所々ある。二人が付き合うことになるときの、弘光先生の堂々とした態度にも結構やられる。
幸田先生は「ヒロイン失格」でも、主人公JKが痛くて、しかも相手が容赦なく厳しくてつれないという冒頭、主人公が辛過ぎる境遇がこれでもかと描写され、相手の冷たさに読み手のこちらの方が凍る、という両作品被る展開から入るだけに、こちらは反面、後でラブモードに大転換する、その、私の好みに合った進行をしてくれる展開が嬉しい。兄弟という「同姓」の相手役を配することで、江戸(弟)の仇を大阪(兄)で一応取った感もあるのだが。リベンジと思うと、ある意味リベンジかな、辛うじて、と考えられなくもない。(でも、兄は兄だ、と思っている。いや、違う違う、という気分で、あっちの弘光贔屓気分をこちらで癒すのだ。)
熱血青春の勝利で、努力する者が勝つ、みたいな爽快さは確かにある。
「動かなかったら後悔するもん」、とあゆはに言わせ、めちゃくちゃでも先生に振り向いて欲しい一心のあゆはのエネルギーに、このストーリーの応援歌的な強い生命力を感じる。
あゆははそれなりに可愛いのだろうけれど、ギャグ要素が私には時折余りに強過ぎて、集中力が切れることがある。崩れ具合が私の受け入れ範囲の外にある。面白さはよくわかるのだが、強烈なのだ。ツンとデレの間を広げて効果を上げた分を割り引いて考えたくなってしまう。
「まったく考えられないけど/そこまで言うならいいよ/俺を落としてみなよ」からの、弘光先生の落ちっぷりの落差を楽しめる話というかー。
キャラを表してる言葉であるが「バーカ」も多いのが気になる。
それでも、先生発の行動と言葉がもたらすキュンは弘光先生ならではのインパクトがあって、この作品の面白さを盛り上げる。

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romance2 さん
(女性/60代~) 総レビュー数:1852件