フォロー

0

フォロワー

0

総レビュー数

2

いいねGET

2

いいね

0

レビュー

今月(10月1日~10月31日)

レビュー数0

いいねGET0

シーモア島
ベストアンサー0
いいね0
投稿レビュー
  • see you again

    小林篤

    一晩で読み切った大作
    ネタバレ
    2025年8月14日
    このレビューはネタバレを含みます▼ 本書を知り、一晩かけて貪るように読みきってしまった。それは偏にこの作品(とあえて言いますが)で語られる「事件」のそもそもの当事者であった"彼"が、あるいは筆者のルポを通して肉薄され次第に浮かび上がってくるその人物像が、あまりにも謎に満ちつつもユニークであり、魅力的であるからに他ならず、それは筆者がはじめに心掴まれた瞬間に、ほぼ自分もシンクロしてしまったからに他ならないからだと思います。

    筆者は繰り返す。「似てる」というのは「違う」ということだよと。その注意深さが、慎重さが、核心についてなかなか明言しない、くどく、ともすれば青臭く感傷的でまわりまわったその姿勢が、実のところ悲しいくらいに克明に、鮮やかに、これだけの時間を経てなお、悲劇の本質を炙り出すこともあるのだろう、という。

    そういうような読後感でした。

    いつだって水は低い方に流れ、繊細でやわらかなものほどよくつぶれる。

    機能不全家族や、いじめの構造の話をしたいわけではなく、ただ、ひとりひとりの人間の話に終始することで、逆説的に、そこに至るまでの流れに唸るように捻じ伏せられる独特の興奮と緊張感と、無力感があり。

    どんなにこの世に縫い留めておきたいと願っても、だいたいにおいてその瞬間、人間はおよそ自分のことしか考えていないもので、そういう悲劇が積み重なって転がってゆく事の顛末を、歯を食いしばりながらもそれでも読み進めようとするのは、彼が生前得られなかったであろうそのやや立ち入った興味や関心というものを、それがどんな動機からであろうとも、筆者の底知れない執念を通して、こちらも今更ながらに、向けたかったからに過ぎず。

    ほんとうに今更ですが。

    特筆すべきは、その執念や重ねた歳月、データ量というよりも、筆者からの彼に対する独特の親近感と距離感であり、また彼の独特のユーモアセンスや言語センスであったりして、おそらく筆者も彼に倣ったのであろうか、一種の空転するような突き抜けた切なさとやるせなさが、ふしぎと清々しいくらいに漂っていた今作でありましたが。

    であるからこそ、筆者にさらなる歳月を重ねさせた"彼"のことは、また別の話にしなければならなかったのだろうか、と、察しますが。

    最後に、どうあがいても、この表紙とタイトルは秀逸なんだよなあというどうしようもない呟きで、とりとめない感想を締めたいと思います。
    いいね
    0件
  • はじまらない結婚(単行本版)

    木村イマ

    すごく好き
    ネタバレ
    2023年8月15日
    このレビューはネタバレを含みます▼ 天体モチーフの登場人物の名前と、自分の名前にちなんだ太陽のシールをスケジュール帳に貼るという主人公、陽の習慣。また収納アドバイザーという彼女の職業が、あまりにもあからさまなエピソードから幕開けする、この生々しく重くなりがちな話に対して、見事な抜け感や爽快感を作り出していて、そのバランス感覚が素晴らしかった。
    その名前の設定は、後半になってからも展開に絡んできます。
    弱い人は、自分の内に渦巻いているコンプレックスや葛藤を己ひとりでは抱えきれず、(多くの場合は自分にそれを感じさせる)他者に投げつけることで、一方的な解消を図ろうとする。星のしていることはまさしくそうだし、木もまた、感じた(煽られた)不安や葛藤を、星に(誘導的にであれ)受け入れられることで、一時的な解消を図ろうとしたのだろう。
    それは、紛うことなき弱さでしかない。
    しかしこの作者は、終始ずれている男のそういった弱さを、アイスクリームを差し出してくるというとぼけた行為で相殺して、見事に主人公にとっての「特別」に仕立ててしまう。
    そのバランス感覚が、やはり素晴らしいのです。
    弱さを抱えない人間などいない。主人公である陽もまた、葛藤し、のたうちまわります。自分の目の前で起こった出来事と、そこで湧き上がってきた感情と、「そうあらねばならない」姿の、そのあまりの落差について。
    しかし、この期に及んで、最後まで自分の不安や苦痛を陽に委ねることしかできなかった木に対し、彼女のとった決断は、己の葛藤や感情に嘘をつかない、実にきっぱりとした、清々しいものでした。
    お互いのために「はじめない」。
    終始自分の感情でいっぱいだった木が、やっとその選択肢に気づいて受け入れたとき、だから陽は、泣きながら満面の笑みで笑う。
    地獄の結婚式を経て、離婚届を受け取る場面になってやっと二人の気持ちが通い合うというような、捻りまくった名シーンです。
    思えば陽は、自分が妊娠した日にも、入籍した日にもシールをつけていた。
    予期せぬ現実の出来事にも、自分なりに答えを出しながら進んでいける人で、だから星は、木は、住谷くんも、そんな陽が、まぶしくて仕方ないんだろう。
    陽にとっちゃ「はじまらない」結婚にもシールがつけられる。
    皮肉なようでいて切実で、生臭いようでいてロマンティック、人の弱さをばかにするでなく包み込む、そんなたくましく愛情深い主人公のお話。