このレビューはネタバレを含みます▼
「記憶がもたない」がこの作品の核ですが、それを浮き上がらせるエピソードが巧みです。2話のラスト記憶がもたないはずの章吾くんが「そうだよ河原くんはこういう奴なんだ」と思うシーンは、わずかな記憶の中の河原くんとたった今見た河原くんを重ねるのですが、普通のカップルではなんてことない喜びも、この2人にとってはとても大きな意味になります。
3話、4話では2人の齟齬と河原くんの疲労が見えて苦しくなります。3話の俯瞰の道路のコマ、日の高いジリジリした影がタッチで表現されていてなんて画力の高い作家さんなんだ!と興奮しました。
全体を通して構図とライティングが巧みで、静かな映画的な美しさがあります。
4話で章吾くんがとっくに自死を考えていたことがわかり、あの突き抜けた明るさもリセット故だったのでは、と胸が痛みます。
ラスト5話、河原くんが決壊して涙を流すシーンは本当に胸が苦しく、砂浜に残る足跡が波に消されるコマは、まさにいままでの10年なんだと知らしめられて、読者まで立ち尽くしてしまう気持ちになります。手紙のシーンで5話冒頭がリフレインしますが、河原くんがいったい何度この絶望を味わい、また愛してしまい、喜び、苦しみ、それでもそばに居たいと何度願ったろうと途方もない気持ちになり、涙しました。手放したくなった日もたくさんあっただろうな。
重ねても無くなると分かっていながら望んでしまう切実さが波のように光のように胸に沁み入ってきます。
これからの生活について2人で話すラストがとても好きです。「変えられる」という軽やかな希望。
「積み重なっていかない」という症状自体を解消するわけではないが、「それでも2人で重ねていく」という選択をする彼らに嬉しくなりました。「あなたがいいって言ったでしょう」という河原くんの台詞が大好きです。
彼らは自らの選択でこれからも痛みと愛と共に生きていくのだなとまぶしく、美しいラストでした。
BLで今までに出会ったことのない演出力の高い作品で、すでに次回作を期待してしまいました。すてきな作品をありがとうございました。