実際にこんな家族がいるかと言えば、いないだろうなとは思います。ただ、各章に分かれた一人一人の人物造形や心情にはリアリティがありました。立場や性別の違う人々の個性を、文章のみで明確に鮮やかに描き出せているところが凄い。痛いところは痛く、汚いところは汚く、綺麗ごとばかりではないけれども救いがある。フィクションだと残酷になり過ぎたり、絵空事になってしまいそうなところで、その中間くらいの着地にする匙加減が絶妙でした。不倫やいじめ、恋愛や性被害といった身近なテーマで、自分が当事者であったならきっとそう思ってしまうだろうという表現力、描写力が圧倒的で秀逸。読めば読むほど作品世界に引きずり込まれ、没入していきました。いじめの描写を読むのは辛かったですが、あれはあの程度で済むものなのか…少し控えめにしたのではないかという気がしました。終盤の慰安所での出来事については賛否が分かれると思いますが、政治的な問題はさておいても読みごたえのある物語でした。