幕末の世を彩った壬生浪の生き残り、今やゲームや漫画でも引っ張りだこの『斎藤一』像の決定版…だと個人的には思っています。主人公に語り聞かせる形で紡がれる、一人の剣士の目から見た幕末事情と数々の事件は非常に読み易く、ともすればあっという間に読み進んでしまいます。なにより物語の骨子となるのは、斎藤一という偏屈で、人間を糞袋と言い放って憚らない強烈な性格と、それでいて確たる美意識を持ち生きる剣に生きた男の魅了が素晴らしい。展開される数々の事象は、全てこの男のキャラクターを浮き彫りにするための手段といっても差し支えないでしょう。『壬生義士伝』においては、吉村貫一郎という父であり、侍であった男の人物像を様々なキャラクターの視点から浮き彫りにする手法が取られていますが、本作においては斎藤一老(一刀斎)の言動、考え方、物の見方から、斎藤一という強烈かつ魅力的な剣士を見事に描き出しています。作中のある人物が、斎藤一を私淑する余り彼を頭の中に思い描き、斎藤一ならどうするかと問うていると言うシーンがありますが、その生き様考え方に共感はできずとも、なるほどそうするに足るだけの信念(思想というよりは信条、彼なりの価値観)がこの作品の斎藤には間違いなくあります。機嫌次第では、対面した次の瞬間には絶技の居合で首と胴が離れているかもしれない緊張感、自らの美意識に能わない者にはとんでもなく酷薄な癖に、認めた人間には実に面倒臭い愛情を向ける偏屈者。どこか愛らしささえ感じる意地と矜持の人、胃潰瘍の癖に酒を飲んだり、金銭に無頓着過ぎて奥さんに叱られたり、口重く語り始めたと思ったら意外と口が軽かったり、日露戦争後の軍人さん(主人公)相手のおにぎり談義からの栄養学ガン無視の米食え米の老害っぷりは狙っているとしか思えません(笑)二巻相当のボリュームを感じさせない軽妙な面白さ、名作だと思います。是非。