ファンタジー世界に転移した主人公が,喫茶店のマスターとして,店を訪れる客に提供する料理や会話で心を通わせる物語。軽妙な会話と,各々の所作を含む情景描写,そして鮮やかな比喩により,場の空気,それぞれの心の動きが,読み手にテンポよく流れ込んでくる。コーヒーは好きでも嫌いでも構わない。
現代人同様に悩み,苦しんで選択する客たちとの関わりの中で,最初は日本への抗えぬ望郷の念に囚われていた主人公も次第に変化していく。やがて,異世界で得た大切な友と自分自身のために,立場のある相手に交渉を挑む場面が幾度も訪れる。その際の主人公の思考と心情の描写には,意外な展開も相まって目を瞠る。
本作のテーマのひとつは自立と思われる。巻を追うごとにその重みは増していき,主要人物の一人が,夢を追いかけるために勇気を持った一歩を踏み出そうとする。その熱のこもったやりとりと痛快な展開はある偉大なRPGの,絶対的女支配者に抗うために覚悟を持って自分の体に傷をつける話を想起させる(※本作に暴力シーンはありません)。これから読む6巻が楽しみである。
コミック版は2巻までのエピソードの抜粋で,明らかにされなかったサンセットグレイの原石の出処は本ノベルで読めます。