30年近く前、ウラジーミル・マラーホフというダンサーにハマりバレエを度々観るようになった。そこからモーリス・ベジャールのベジャールバレエ団(と共演する東京バレエ団)の公演をよく観たのだが、それで春の祭典を見たことがある。ニジンスキーの名声こそ知ってはいたがその人生や作品の生い立ちについては不勉強なまま感じたのは、「これって、男は結局最初の女が忘れられないってこと?もしくは母親が一番ってこと?」だった。振り付けは覚えていないがそう思ってパンフレットにそう書き記したことを覚えている。引越しで処分してしまったのでもうないけれど。あながち間違いじゃなかったんだなとこれを読んで思いました。
牧神の午後も一度だけマラーホフが踊ったのを見たけど自/慰行為をしてるように感じた記憶がないので、かなりマイルドな表現になっていたのだと思う。マラーホフの薔薇の精を観れなかったのは今でも悔しい。
さてこの作品の評価としては山岸凉子ファンかバレエに興味がある人なら面白いが全くそれらがないとマニアックなホラー。でもそれがクセになる味なんですよねこの頃の山岸先生の作品は。