このレビューはネタバレを含みます▼
今考えてみるとこの物語の真の主人公は夏生の父の大介であり、彼の永遠に報われない槙への愛が隠れたもう一つのテーマだったのだなと思う。
子供の頃から浩二と槙の間の強い愛を身近で目にし、よく理解していたのは大介だったのだろう。だが大介も槙のことをあきらめられなかった。実際には最も重要な役割を与えられているのが大介であり。それに比べ、一見この物語のヒーローの浩二や英明の方がいまひとつ、印象に残らない人物に描かれているのも当然なのだろう。おそらく、大介が優しい夫でも槙は永遠に浩二を愛し続けたのだろう。それに物語の全体を通し、作者はこの大介にとても同情的。つい槙に辛く当たってしまったり、思うように槙との関係が上手くいかず、外に女性を作り、気晴らしをする不器用な彼の姿とか。やはり、全ての元凶は三人の息子達の中で大介にだけは冷淡だった大介の父。更に作者は兄の浩二ももう少し、父に愛されない大介の苦悩に寄り添ってやれば良かったと言いたげ。槙の場合は周囲の事情や思惑に翻弄され、同情できる面もないでもない。しかし、独身の時にも夏生は既婚者の作家と不倫関係になっていたし、更に英明は彼らの恋により、命さえも失ったのに。一方、夏生の方は夫に許してもらって、家庭に戻っているし。このように夏生には私はモヤモヤする所があるものの。(英明も詰めの甘さなどいかにもお坊ちゃん。情熱的なロマンチストなのだろうが。お人好しでそれよりも狡猾で容赦のない大介や麻美には太刀打ちできない点では夏生も彼と同類だが。)とはいえ、壮大でドラマチックな展開や構成、細やかな人物達の感情描写など、名作であることはまちがいない。ただ、ドラマチックさ重視でリアリティを欠いていると思う部分もあり。十代の時に愛し合い、だが二十代で再会した後はついに恋人に戻らないまま、二十数年も別々の人生を送り。そしてお互いに既に家庭もある中年の男女になっていた英明と夏生の間に情熱的に愛情が再燃することなどあり得るのか?など。物語の最後では英明の娘と夏生の息子が意味ありげだが。これはおそらく、やっと彼らの代で結ばれるという形として、ついに結ばれなかった浩二と槙の愛は成就するのだろう。それに英明の妻の悠子も夏生の夫の関根も大介や麻美に比べるとアクが強い人物でもないし、むしろ善良な人物だと思うので。だから彼らも最終的には子供達の恋を認めるという形になりそう。