このレビューはネタバレを含みます▼
誰にでも「こんなはずじゃなかった!」と叫びたくなることの一つや二つはあるはず。ネットで買った服が似合わなかった!という程度なら (イヤはイヤだが) どうにか呑み込める。自分にも落ち度がちょっとはあったかもと己に言い聞かせれば。着用後でなければ返品もできるかも。
けれども、こちらから好きになる要素も、そんなつもりもない(むしろ嫌ってさえいる)と思っていた相手を、自分は実は好きなのかも知れない…!とある日突然、自覚するに至ったら…?
引き返そうにも、既に抜き差しならないほど、のめり込むように好きになってしまっている。どうする!?これまでの自分の態度のあれこれや経緯(いきさつ)などなかったかのように、手のひらを返すように振る舞える…?
これは、友人同士である吉野・三笠・門脇の三者三様の「こんなはずじゃなかった」恋のお話です。
なかでも吉野は、ツンデレの一言で片付けるには勿体ない愛すべき性質の持ち主。確かに、素直にありがとうやゴメンや好きが言えない意地っ張り、自信の拠り所は頭と容姿の良さだけで、三笠を悪しざまにけなす態度は傲慢そのものに映ります。
が、吉野は口こそ悪いものの実際は尽くし型。自分自身の計算高さや臆病さの反対を行く、三笠の真っ直ぐで豪胆な人間性を高校の頃からしっかり見抜いて評価していたし、社会人になって恋を自覚してからは、三笠の要領の悪さをカバーしてあげようとすらする。
彼自身、ゲイとしては実は男とつきあったことがない吉野が、単なる憧れではない初めての恋に取り乱して右往左往し、破れかぶれに滅茶苦茶をしでかしたとて、どうして彼を悪しざまに言えようか。ただ可愛いしかない。初恋における「みっともなさ」や自意識過剰、数々の言動の「痛さ」は、年を経て振り返れば「自分にもそんな時があった」と、きっと誰もが思うはず。
そして、曖昧さのない理数系の思考回路で淡々と生きてきた門脇が遭遇した、不合理で割り切れない、初めての恋。人生においてエラーやバグを生むだけに見える、「感情」という夾雑物を排除し、数式を解くように考え行動してみるのに、大学講師の松下に対しては、どうしてか上手くいかない。それが出来ないのは何故なのか…?最後の解にたどり着くまでの門脇の軌跡のすべてが、愛しいしかない。
初版本は2001年発行(カバー・挿し絵は桑原祐子先生)。20年以上にわたり読み返すたびに胸が震える作品。