ホーキーベカコン
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ホーキーベカコン

笹倉綾人/谷崎潤一郎『春琴抄』より/Mint

谷崎の毒に侵されるような感覚にゾクゾクッ

ネタバレ
2022年10月22日
このレビューはネタバレを含みます▼ 谷崎の春琴抄といえば盲目の少女春琴とその手を引き世話をする丁稚の佐助の不思議な関係…子をなしながら師弟感覚を維持し春琴が不審者により顔面に火傷を負わされるや佐助が盲目になる道を選ぶという…を描いた作品。マゾの谷崎が描くM男を観たいと思ってその舞台作品を観たところ、意外なことに佐助の春琴を恋い慕う気持ちと、それが故に自己犠牲を払ってでも春琴と同じ世界を共有することに喜びを感じるという純愛に感動してしまったのです。
でも、子を不要物のように扱う春琴に、同性として違和感が。これは、理想のSM関係にある男女の、2人だけの濃密な関係を描くために谷崎が造形した気質なのかな?と。その違和感の根拠を確かめるために原作を読んでみると、春琴の美しさは繰り返し描かれているのに、佐助が視力を失う、芝居でいえば見せ場になるシーンの淡白さに「お、お前、そんだけかよ谷崎〜!」と大作家先生をお前呼ばわりするほどドMっぷりに衝撃を受けたり、それまでツンツンツンでようやくデレた春琴がいるのに、佐助は生身の春琴を通じて観念の春琴を愛していたという下りに至っては、え、これ純愛ものではないの?もしかして春琴に佐助が操られていたのではなく、佐助が春琴を作り上げたの?とホロッとさせてからゾクッとさせる谷崎文学のありようの凄まじさに絶句したのです…。いや、凄いよ谷崎。好き…。

と春琴抄の原作を堪能したものの、佐助と春琴の関係は食事、排泄、夜の世話…と師弟関係の下のSMと官能が満ち溢れたものであるはずなのに、それらのシーンは読者の想像で補うスタイルに日々BLを読んでいる自分がすこーし物足りないと思うのは仕方がない。
そこで出会ったのが、この「ホーキーベカコン」。これは春琴が愛でる鶯の鳴き声をタイトルにしたものなのですが…これが原作に輪をかけて凄かった。何が凄いかというと、自分が見たかったあれやこれやが、原作を補って余りあるほど、詳しい描写や原作で1行で記されている内容すらエピソードに落とし込んで描くことで原作の密度をぐっと上げ、曖昧だった佐助の心象風景も描かれていること。圧巻なのは佐助が死際に天女のような春琴を思い浮かべながら自分は…人外?それがM男の本懐なのか?春琴像もツンを貫いた造形で佐助の理想とする春琴を体現したよう。谷崎に読ませて感想を聞きたく思うほど濃密な3巻。原作と対比して読むと更に良。谷崎ファンなら是非
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