非情な軍人のやるせなさ





2023年3月19日
作者の作品裏話が興味深い。ラノベによくある雰囲気だけの架空の国と時代の物語はそれはそれで面白いけれど、歴史事実にちゃんと向き合って書かれたこの作品は知識の浅い読者である私にもリアリティーをもって読むことができます。憎悪と暴力から始まる関係が変わっていくというストーリーは有りがちですが、容赦ないところがTL小説らしからぬところです。緑雨がユキに欲情するのは最初は怒りからの興奮で暴力にためらいも手加減もない。けれど日々、命の危険にさらされている手負いの獣の凶暴さであることも読者には同時に知らされます。一方、復讐するユキも政治的な背景や思想は関係なく唯一の肉親を殺された憤りから、更に暴行され憎しみを募らせる。二人がどうなっていくのか、軍部内の皇道派、統制派の対立にどんな決着がつくのか、TL作品としての恋愛要素と重苦しい時代背景のさじ加減が絶妙です。純粋に国を憂い浅慮に走る若者と老獪でしたたかな軍幹部、その間で時折やるせなさをのぞかせる緑雨にいつしか寄り添う気持ちになってしまう。ユキはそんな緑雨の物思いを知ることはないけれど情を深めていく過程が切ないです。いつかユキの兄の思い出話も語れる日がくるだろうか。歴史は戦時下に突入していくことがわかっているので爽やかなラストもまた切ない気がします。

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