こたえてマイ・ドリフター
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こたえてマイ・ドリフター

大島かもめ

見えない壁に翻弄される美しい魂の物語

ネタバレ
2023年7月1日
このレビューはネタバレを含みます▼ 1920年代のアメリカ、禁酒法、ドラッグストア、夜ごとのパーティー…繰り返し映画や舞台で観たグレートギャッツビーのような設定なら、と読んだ本作は、あの時代の光と影、対照的な2人が離れては近付く半生を描いた読み応えのある内容でした。とりわけ心を惹かれたのは、黒髪のアジア系ハーフのリンチェ(受)。エリオット(攻)が囁くように、彼は美しいのに、移民で、かつ混血だからとチャイナタウンでも、養父からも折檻を受け、何重にも「お前は俺たちとは違う」という見えない壁に阻まれ、心を許せる仲になったのはエリオットだけだったということ。でも、だからこそ養父からあのおぞましい行為をするように言いつけられた時、これに加担すれば、養父側の人間になれると期待してしまったのよね…。リンツェは、犯罪に手を染めたり、反社と関わるようになってからは、自分は養父側の人間だから大丈夫…と、自分の心を守るために自分に言い聞かせてきたのに、エリオットと再会して、本来の純粋な心を抱えた魂と社会の底辺として過ごした自分との乖離に苦悩し、反動のような行動に出たりともがき苦しむ様が美しい。そして常に、周囲からお前はそっち側だ、こっち側だと言われて翻弄されてきたリンチェの心のひだをなぞるように読むと、彼の気持ちが揺れ動くポイントが実に繊細に描かれている事に気付きます。そんなリンチェが、属していた集団と決別することを選ぶターニングポイント全てに関わっているのがエリオット。リンチェがいかにエリオットを大切に思っているかが分かります。

再会後のリンチェが、エリオットに聞こえるように違法な取引に関与していることを示唆するシーン。あれはエリオットに対して、エリオットが大切な存在だからこそ、自分は君とは違う罪を犯す人間なんだと示唆して壁を作ったのだと思います。最後に送った手紙も然り。
そんなリンチェの出所を迎えに行ったエリオットが自分がしたことを打ち明けた、あのエンド。あれは、リンチェがずっと葛藤していた、自分とエリオットを隔つ見えない壁を、彼自身が取り払ったという意味があると思うのです。2人にとって隔てていた障壁が取り払われ、運命共同体となる甘美な瞬間だったのではないでしょうか。私もまごうことなきハピエンだと思います。
思い起こすと自然に映像が流れ出す、感性の引き出しとなる作品。余韻が深い。
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