死にかけ悪役令嬢の失踪
」のレビュー

死にかけ悪役令嬢の失踪

和泉杏花/鈴ノ助

気付きと再生、あるいは寓意

ネタバレ
2024年6月26日
このレビューはネタバレを含みます▼ 問題はそれが「問題である」と気づかなければ問題とはならず、それが「問題だ」ということに気づくことにより、ようやく問題となる。だから「解決」のためには問題であるという「認識」が必要となります。例えば近年問題視されるようになったヤングケアラーは以前は家庭内のお手伝いをする「良い子」と認識されてきました。それがその子の時間だけでなく将来まで奪う可能性があるにもかかわらず、です。そうした搾取の可能性に気づいてようやく「問題だ」と認識されるわけです。しかしそこに悪意はなく、善意と感謝があるのみです。また親を手伝うのは当然といった道徳観や躾の一環という考えがあるかもしれません。だから、当事者が一番気づきにくい。シレーナもまさに家族を支え、助けることで自分の居場所を確保しようとし、疲弊し、本当にやりたい事には目を瞑り、そして未来を奪われてしまう。しかしそうなってさえ、彼女は自分の問題に気づけない「良い子」なのです。もし、婚約者であり続ければ、彼女の未来はより閉ざされていたかもしれません。 物語の大半を占める療養生活では、この「気づき」の過程が丁寧に描かれています。暗い海の底は静謐で、深い精神性とシレーナの愛着により癒しと自由の空間であることが示されており、地上の喧騒、現実との対比がより明瞭になります。そこで先生と海の生き物たちに温かく見守られながらシレーナは肉体の再生だけでなく、自分自身を取り戻し、未来へと再生していきます。その過程はアレゴリーでもあるようで読む人自らへの問いかけや気づきのきっかけともなります。「それは私がやるべき事なのか」「本当にやりたい事とは、自分の幸せとは何か」を読者も考えることになります。これは子どもはもちろん大人にも大切なテーマといえます。また、細かな描写はありませんが、シレーナを失った人々の苦労は想像に難くなく、そこがいわゆるざまあになるかもしれません。強いて言えば家族よりも、自分を大切に、自分の幸福と未来について考え、向き合うことが復讐となるように思いました。色々と考えさせてくれる良書でした。コミカライズも往年のホラー漫画のような繊細で大変美しい作画となっており、見ごたえがあります。そちらもオススメです。
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