真綿の檻【マイクロ】
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真綿の檻【マイクロ】

尾崎衣良

世界が引っくり返る

ネタバレ
2024年7月9日
このレビューはネタバレを含みます▼ 途中から視点が変わって、見ていた世界がぐるりと引っ繰り返る。その構成と描き方がとにかく秀逸です。時にそれが痛快であったり、ずんと重く突き刺さったり、心底ゾクッとしたり。どれも「家族」を題材にしていながら、短編それぞれに違った空気感がありとても興味深い。
個人的に環奈編が物凄くグサリときたので、ずっと読んできましたが初めてレビューします。
親からの扱いの格差に幼心が傷付いた経験は兄弟のいる人なら誰でも大なり小なりあるもので、これまでのお話に比べると感情移入しやすかったこともあり、前半は環奈に同情的な視点で読んでいました。家族の関係性も家庭によって各々であり、その価値観の相違で他者と意見が食い違うこともままある話です。
ところが後半になると一転、実はそこに母親の伝わらないながらも真摯な愛情が確かにあったことが分かり、それを汲み取る努力をせず、子であることに甘え続ける怠惰な娘の真実が描かれ、読みながら頭をガツンと殴られたような思いがしました。
ああ、私は親の愛情や努力をちゃんと見つめられていたのかな。環奈だったことはなかっただろうか。
子育てに真摯に向き合う故に、子供から見たら悪役になってしまう。ちゃんと愛して、真剣に接しているからこそ厳しい態度も取るのに、ただ甘やかすだけの人が優しく愛情深いように受け取られる事すらある。
親だからといって、子だからといって、一体いつまで愛し続け、どこまで許し続ければいいのか? そういった親の悲哀が突き刺さって、読後は胸が重苦しくなりました。
最近は毒親ばかりがフォーカスされがちな風潮がありますが、同じく毒子だって当然存在するんですよね。しかもそれは、案外自分にも近しいものが潜在的にあったりして、もしかしたら毒親なんてものより余程世の中に溢れ返っているのかも知れません。
親子に限らず家族というものは所詮「自分と他者」でしかなく、そこに属する誰もが不完全で当然で、だからこそ互いに汲み合い、慮り、ちゃんと均衡を保つ努力ができる親子、家族を「良い親子・家族」というんでしょうね。
いっそ他人相手なら簡単に出来る遠慮、気遣いなどといった人間関係の基本が、肉親になると途端に出来なくなったりもするもので。
親なんだから、子なんだから、夫なんだから、妻なんだから、そういった自分の根底にある偏見意識に容赦なく指を突き付けられるような、鋭く痛い良作です。
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