秘密機関
」のレビュー

秘密機関

アガサ・クリスティー/嵯峨静江

探偵のような事に首を突っ込む男女ふたり

ネタバレ
2024年7月27日
このレビューはネタバレを含みます▼ 犯人を読み手に気取らせないようにまことに慎重に筆が運ばれ、あるときは匂わせ、またあるときはそれは読み手の早合点だったと思わせ、そしてやっぱり疑わしいと読み手に立ち戻らせては、再びいや違うと疑念が振り払われる。最後まで読み手には確信を持たせない作り。その引っ掛けが幾つも仕込まれているが、大本命は登場人物の中から出なくてはおかしいので、最終的な二重性に近い構造の特異な人物に帰着せざるを得ない。読者を煙に巻くのはいいのだが、幾つかの動作の間に横たわっている時間の幅や、物理的距離感や、人間関係構築のスピード感にはほんの少し違和感、否めない。狭い関係でストーリーを回すから、主役二人がストーリー内で容易く人の懐に入っていっている警戒心の少なさは、事件性を帯びた仕事には大胆すぎてハラハラがその分大きかった。解決までの年月を思うと、巻き込まれ事件の恐ろしさが与えた被害者のトラウマを案じてしまう。しかも謂わば善意からだったのに。
ミステリーにたまにある書き換えトリックが出てくるが、文字で推量しても両者の共通部分はごく一部と感じられた。原書は他は元々使用された語が違うのか?更に2度出て来た「実際的」とは、原文の単語と形容詞的用法に引っ張られたのだろうが、消化し辛かった。
さすが全編に覆う緊張感や、尋ね人になかなか辿り着かないもどかしさ、黒幕の悪賢さ、などなど巧妙に描写されてどんどん引き込まれる。
名ばかりのドンではなくて真の権力への渇望、ちょっとした誇大妄想狂ながらなまじ知的水準を備えた人物像、これは説明に要した数頁なかりせば、この黒幕の動機は読み手として納得感足りなかったかもしれない。そんな意味では、蛇足に見えた事後説明も致し方なし、といったところ。

タペンスとトミーで補完的に機能している相棒、相互に強固な信頼感が、張り詰めるストーリーの空気を和らげて良かった。
しかし、唐突な誰かさんの行動、読者の眼を向けさせるためだけに思われ、結果として一時的としたのが却って、そのキャラ変がエンディングの安定を損ねたように感じてしまった。
このコンビの続編が幾つかあるとのこと、評判を見ながら次に読み進むかは考えたい。
英国の政党の固有名詞登場には少々戸惑った。
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