このレビューはネタバレを含みます▼
美しい物語を織り成す緯糸が結び合い、表からは見えない経糸でしっかりと支えられているようにとても緻密な構成となっています。一つ一つの言葉が示す意味やエピソードが、登場人物たちの行動、心情の背景をきちんと理由付けしていて、それらを拾い集めながら物語を読み込んでいく楽しさがありました。
バイレッタは一見自立心旺盛な強い女性のようですが、実際は夢見る乙女であり、社会制度とその美貌ゆえに尊厳を踏みにじられてしまうことへの抵抗と、夢は夢だという諦観のためにレゾンデートルとして自由を希求しているように見えます。
その彼女が八年も嫁ぎ先で「存外居心地よく」過ごすことができたのは義父が彼女自身とその才能を認め、自由を許していたためでしょう。その結果旦那様との邂逅を迎えてしまいます。さすが。義父グッジョブ。
一方、八年もの長きにわたる戦争とその終結によりもたらされる病的な心理状態、好戦的ともとれる妻からの離婚要求の手紙に見る、新たな敵を得た高揚感、さらには過去の悪女の忌まわしい記憶が相まって、アナ ルドは「初手を誤り」ます。しかしこの「誤り」への反省が結果として他者や自分にさえ関心が薄く、感情の希薄な彼の心を妻に向かわせ、彼女への興味と理解を深め、愛と執着を深めていくことに繋がり、それが夢見る乙女が本当に欲しかったものともなっていきます。
つまり、「初手の誤り」がなければ彼が妻に関心を抱くことも恋に落ちることもなかったのだろうと思います。
しかしこうした背景や繋がりが示唆されているに過ぎないところも多く、物語の成り行きに納得し難いところもあるかもしれません。コミカライズではその辺りがもう少し分かりやすくなっていて、とても魅力的な表情が丁寧に描かれています。
男と女の間に横たわる日本海溝より深い溝を前に、行き違いと誤解から始まる二人が夫婦となっていく過程の中で、バイレッタが本当に望むものが見えてくると旦那様を応援したくなると思います。一先ずの結末を向かえる2巻目までは読まれることをオススメします。