坂道のアポロン
」のレビュー

坂道のアポロン

小玉ユキ

あの頃の「時代」をなぜこうまで描けるのか

ネタバレ
2017年6月4日
このレビューはネタバレを含みます▼ 教室での雰囲気、ティーンエイジャーの感じ、世の中の流れ、、、何もかもが妙に活写されて会話も関係も言葉のやり取りも、全てがリアルに思えてくる説得力。
音楽を愛好する若者の心のいろいろが、まるで合奏(セッションですね!?)するかのように、ソロがあったり響きあったりして、そして、それら全てを象徴する「坂道」。

根気よく練習したり合わせてみたりと地道な描写が、青春の時間の使い方に重なって、淡々とした光景に人を引っ張りこむ力がある。合わせるシーンは音が胸に迫ってくるし、でもどうにもならない辛い場面ではただ胸が痛む。それも飲み込んで、また時間が進む。
実際ジャズが流れてくるアニメは、音楽の持つムードが、無音の漫画とは、彼らの日々に関して語り方が異なる。
どちらがいい悪いはスパッと言えないが、白黒頁の絵の漫画が描写する時代のほうが、漫画全体が持つ雰囲気を情感たっぷりに湛えているように見える。
一方、アニメは主要キャラほか景色も季節感も、カラーのいいところが出ていて美しい。カラーだからか整った顔つき(特に桂木淳一)をしている。ただ、漫画の昭和感こそがこの作品の重要な部分。学園紛争や基地など世相のなかの断面の追体験は漫画は高いリアリティーがあり、物語世界にトリップ出来る。音があるので、アクシデントの時の文化祭シーンはアニメもいいし、音の無い分想像で音を響かせられる漫画のほうも空間に大きな広がりがあって、捨てがたい。

最終巻で驚きというか、何となくそうかもしれないようなところに行ってしまったかというような、観念した、みたいな感覚というか、終わったようで終わらないそれぞれの関係性のあやに、物語を受け止めてしまう。

力量が示されたかのような読後感には、青春の姿の目撃者としての実感と、ある一時期の時間の共有へのノスタルジーとがあって、何をメッセージとしているわけでもないと思うのに、とても響いてくるものを感じる。

方言がまた物凄く効いている。


全然明るさもなにもかも違うけれど、これを読むと、ジブリアニメ「コクリコ坂から」をまた観たい気持ちに強くさせられてしまう。同じ坂でも意味も役割も異なる坂、けれど、出生と時代の空気、これらは、実写にしなくても、ここまであの頃の空気を描ききる力は似ている、と思うからだ。

めっちゃ胸に沁みる話だから、強く勧める。
(2021/7/20補足)
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