裏社会物かぁ~と躊躇しそうになったが、基本お試し位で決めつけず、ちゃんと読んでからレビューするタイプなので、結末迄付き合ったら、全部暗から明にひっくり返った。
1冊のボリュームでそれぞれの心情の変化を描くにはきつい印象を、読後の今も尚持ってるけれども、言いたいことを全部詰め込んだんだな、という、作り手の意気込みだけで、読まさせられた、かな。
憎しみをどう扱うか、怒りは簡単に消えるものではない。といって、一個の体内に抱く人間の感情は、愛があったからこそ、その暴力的喪失に憎しみが向かうのだろうし。原因が有りながら何事も無かったことには出来ない。収まらない感情あるからこそ、復讐物ストーリーが古今東西豊富なのだろう。身内の不幸が加害者の存在によって引き起こされたなら、敵意が矛先をその相手の身内に広げて探し出す。対象が子に拡がる。かくしてこの世から、連鎖は止まらない。蔑みや排他的特権意識が敵対心を誘うのも、内輪可愛さと背中合わせだし、ここにストップをかけるのは容易でない。加害者当人がその件を意識してない、又は記憶にない、もよくある話。
された方はたまったものではないのに、本作はストーリー的首尾一貫の為に、ヒロインが受けた仕打ちなどスルーだ。話はその分、綺麗になったが。
憎悪の対象は貧しい人間を生み出し放置する社会なのか、貴族制度に代表されるような同じ人間同士で人間の価値の上下をつけたがる制度そのものなのか、その事件の当事者「一族」なのか、それとも事件関係者二人だけなのか。焦点を絞ることも、全体のこととするのも可能。
所属する小社会に従順であることを求めるその考え方の是非も、問うている。父親の暴力的家庭支配構造、それを、逆説的に逃れる最適な手段として、結婚を配置するストーリー。
彼の、憎もうとしてもヒロインを憎みきれない心情も、ストーリー作り手が志向する結末の序章として整合性あり。彼を育てた人がどういう人物だったか、も話の趣旨を構成している。フィッツアラン家おばあ様の教えは私は嫌な所があるが。
絵が、ある意味、読者視点毀誉褒貶の激しさや、キャラクターを通じての人生の浮沈を表現するのに、アピール強い。好みはあるだろうが、これはこれで、豊かさや力、復讐劇の発端と今との対比が、その分、ドラマチックに描かれた結果となった気がする。
顔の配分がほんの少し強かった気はする。