このレビューはネタバレを含みます▼
ディクスン・カー晩年の長編として、本作は派手な不可能犯罪よりも「人の動き」が生む混迷に照準を合わせた異色作
拳銃・短剣・かみそり・睡眠薬という四つの凶器は謎解きの中心にあるようでいて、実のところ読者の視線を巧みに逸らす装置にすぎない
真に複雑なのは、互いにアリバイを支え合い、牽制し合う登場人物たちの心理と行動の絡まり方であり、そのもつれをほどく過程こそが最大の読みどころとなっている
バンコランは全知全能の名探偵ではなく、苛立ちや感情を滲ませる「生身の人間」として描かれ、推理もまた力技ではなく丹念な積み重ねに近い
化学的トリックの難解さは賛否を呼ぶだろうが、それを補って余りあるのが、錯綜した証言と駆け引きが生む知的緊張感
最後に残されるカード一枚の余韻まで含め、カーらしい遊戯性と哀感が静かに響く一作