お門違いの復讐に踊らされた彼ミッシェル。
被害者が、向けるべき相手ではない対象に矛先を変えることは現実もある。本来の相手に立ち向かえないからなのか、行き場のない悔しさを兎に角具体的にぶつけられたら、サンドバッグではあるまいし、心底たまったものではないのだが、弱い人間は狂気を募らせる。
親の仇を子に取らせ、が目的の誘拐が、移動途中迷走し、目的を果たせなくなって行く。
彼の母親に対する思いが切ない。あんなのでも。
ヒロインが誘拐に遭う前に彼とわずかにかわしたやり取りが、辛うじて彼女がストックホルム症候群ではないのかとの疑いを薄めてくれる。
ヒロインの兄、途中知り合う人たち、ミッシェルの母親が絡むクライマックスは、母親の悲劇の裏にある敵討ちの道具に育てられた者がそれでも親を慕ってきた彼の此までを想い、何とも悲しすぎた。
ヒロイン視点では「理想の人」だったトーマスの見苦しい保身ぶりが、メイン二人のラブ成立に根拠を与え、読み手向けに背徳感を減らす手助け。兄の妹捜索が、過去の事件の証人に辿り着くなど、ストーリーの線の繋がりは興味を巧みにリードしてくれた。
本当は優しい息子に育ったはずが、母親の狂気によって放り込まれていた環境の過酷さ。
出るな出るなと言われていたのに、出てしまって起こった。彼的には強行の可能性も、出会いを花と結び付けることで緩和、良からぬことが近づいている予感を持たされ、そこからHQだからとの期待に応える。おとなしく人のいうことを聞いているヒロインでないことも表す。そうして自ら、結果的につかめた幸せでもある。
ヒロインは恋に恋していたレベルだったと受けとるしかない。心変わりは初めから芽を出していた。
狂気の母親の日常生活は誰か金銭サポートを?、息子の仕送り?など、父親同士の確執、海の覇権争いの真実など不明な点少々有り。英仏が対立していたことを改めて思わせる対立の構図に、海の男たちの荒くれぶりとヒロインの父親の穏やかさとが同居しづらい。
しかしむごたらしい死には理由があった、という真実は、全編に暗さを撒き散らす過去のその事件に、更に暗さ上塗りがなされた格好。
だから、未来思考で憎しみの引き継ぎを断ち切った後日談が、明るさを差し込ませて良かった。
こういうその後の二人の描写ならば、締め括りに結婚式シーン迄は蛇足と思う日頃の HQの感想を持つことがない。