こんな男子居るわけない、と思ったらそこで終わり。キャラを愛でてこそ楽しめる話だろう。
「罪深い無知」「かなしい完璧」、前者が特殊過ぎての残念ぶりを、後者が得することのついぞなかったむなしいイケメン30年生を、執拗に描かれて関根くんはやっとこれまでの不幸から脱却して幸せを手にするのか、というラブストーリー。器用なのか不器用なのか。ハイスペックで一見スマートなのに中身は違う。外見とのミスマッチを笑いたいのか哀れみたいのかもはや判らない。
“笑わない”ってだけじゃなく、偏屈で奇人変人の域。陽キャラではないのに、お声はかかる。憧れる?女性が後から後から、引きも切らない。しかも、その女運の恵まれなさがどれもこれもトラウマ級のものばかり。あれは性加害事件であって、彼は被害者であろう。
おじいさんもかなり勝手であるし、堂島に至ってはあまりにも関わりすぎて、なに役でもなって来られるという善悪渾然一体の役どころ。絡み方は、作者が便利に利用した感じがあって、そこはご都合の臭いがした。
「孫」呼びから、宙に名前を叫ぶところまで、実に焦れったくも、当人には真剣なプロセスが繰り広げられて、当初面食らう位にキモかった関根くんに、読み手の私が慣れて?、理解?し始めた頃に「孫」からは罪深い人、と言わしめる。そのリアクションを作者が読み手に見せ始め…。「どんなに微量でも理由はあるんです」には、ああ、この人こそ関根くんの傍らに居るのが正解なのだと納得させる。
編み物での擬態語「チキチキ」もこの作品に存在感を示して、そして背景コマの説明力も高くて、統一した感じがある。
「失敗したことのない人は挑戦したことのない人」深くて、作品の中で隠れメッセージに置いたのだとしたらお見事としか言い様がない。
でも、皿ちゃん、王子以上の何かを見るもう少し踏み込んだ感情を私は、知りたかった。特に堂島さんに自慢の写メをとは少々関根くんとの距離感に違和感。
ヘタレと一口に片付けられない、これまでの不幸を一発で拭い去る、素晴らしい恋愛であることを祈らずにはいられない。
「サファイア」は「りぼんの騎士」の? オスカルとアンソニーの名も列挙なのでそうじゃないかとは思うのだが。。。