レビューを見ると、逃げてきた夫との対決だとかを期待していた人が多いようだが、この話、ヒロインが何に対して逃げてどう生きてきて、どう生かされてきたか、の話と思う。作家の意地の見せ所として、追っ手も実は、というところにも、そんな趣旨に沿った作り方がある。
だから、戦ったのも、相手は熊、となるわけだ。
彼は覚えていた。
ヒロインも彼を覚えていた。
「僕/ほんとうはパパが/欲しいです。」に、読んでいて胸が張り裂けそうだった。ロビーの願いが話の折々に見え隠れして読み続けるほどに苦しい。
ヒロインにも秘密の願いがある。「いつか愛する誰かと/愛しあい/その温もりに/包まれて眠りたい」。愛の無い結婚だったことを初夜にはっきり判るという経験を経て、宙ぶらりんに逃亡中のヒロイン。彼に対する想いは「不倫」だなどと私は断罪しないが、ストーリーとしてはそういう構造となってしまう。
アーニーとミチコをはじめ町の人々は、この訳あり母子をそっとかくまう。人の心の暖かさ!その町の居心地の良さ!ここにも気づかせ、未決着で放置した逃亡劇の原因に、ストーリーはヒロインを対峙させる。これらが問題のメインなのだから、修羅場は設けなかった訳だ。世捨て人のような科学者ゴールディも、うまく活用している。
その町が駆け込み寺でありシェルターのよう。この地で確かな居場所が出来た。スミス姓は日本で言う山田さんのように平凡でありふれたものと聞く。両人、言い換えれば誰でもないという仮名、又は正体を隠したい偽名で出会う。両人の状況を端的に表す思わせ振りが巧い。
星空を三人で寝転がって眺めるシーンが良かった。また、このロマンチックさで、彼のセリフ「これ以上近くにいると/君が欲しくなってしまうからだ」は、破壊力抜群。
これは私は高い評価以外は考えられない。彼が守ると言った時の男らしさ、山中の逃避行のスリル、などよく配合されて、しかも、熊(グリズリー?)の迫力の突然の出没。山、屋敷も丁寧に見せてくれた。こちらでスリル要素を使い果たしたので、ラスト、彼の存在が、それだけで示す安心感、包容力に、ヒロインが広い意味で温もりに包まれるであろう今後を届けられて、気持ちよく読み終える。
ヒロインの願いは、彼が嬉しい訂正。
妹さん、お話だけで終わったな(紙幅の関係か)。
原題も確かに深い味わいをもたらすが、邦題も悪くない。HQの邦題にしては珍しく。