サタンと貧しき娘
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サタンと貧しき娘

クリスティン・メリル/さちみりほ

何をしてきていたかこれから何をするか

2021年2月13日
よく人生や歴史に「もし」はないといわれるが、その「もし」を半体験させるストーリー。利に敏いジョセフ(ジョー)のただならぬ成功者ぶりを描く序盤で、彼の幼少期の一幕を下敷きに、読み手のこちらに、その日々あったればこそこうなってしまったのだ、と思わせる。あれがなければ、いい意味でも悪い意味でも今の彼はないのだと。
ディケンズのクリスマス・キャロルにおけるスクルージこと、ジョーがその主人公。ヒロインは彼の親友から渾名は「悪魔」なのだと伝えられる。が、その悪魔の名の由来も、通り一遍の意味からではない。本歌取趣向の過去現在未来の夢は、HQ仕様のロマンス色が入り、ジョーは胸潰れる「もしも」の悲惨な行く末を、正夢の如く生々しく見せつけられる。ただし、この状態で先に進めば、ということ、夢から醒めた所で、取り返しのつく「今」に居る自分に安堵する定番設計。

でもこれが巧みに構成された別物のクリスマス・キャロルなのだ。

富む知力はあったが、手段を選ばず、であったジョーがヒロインの為に動く各エピソードが、困苦の少年期と読み手のこちらは被ってしまい、ピュアな彼を覗かせてくれた気がして、彼の立たされる状況に同情も誘われる。嫌な奴、で片付けられない描写力構成力に確かに誘導されたのだ。
夢のシーンは漫画向きなのだが、それでも未来のシーン、もう少しトリップ感は欲しかったと書くと、いちゃもんか。
そうはいっても本当に上手い漫画家だ。

強突張りとばかりでないからこそ親友もいる、というキャラ設定がストーリーを支えたし、ヒロインの幼なじみも二度遣いされて話の厚みをだして心救われた。がその一方で、クレアモント夫妻が一緒に付いてきて、ストーリーの悪役としても立ち回ってなかなか。このぉ、と感じさせる母親の言動のいやらしさを、コミカライズならではの視覚要素に訴えたりして見せてくれる。

アメリカンドリームならいざ知らず、他の国や地域は新興成金を好まぬし、ラダイト運動と来れば英国、最も出身階級を問うことだろう(話中に、ジョーが労働者階級出身者であることを踏まえ、紳士階級-資本家階級-に入る云々があるが。児童労働にも触れ骨太)。
やはりそういう意味でもハーレクインの紡ぐ世界は夢の世界を見せてくれる。
背骨にロマンス二本も通しながら、豊かになること自体は肯定し富をどうするかを考えさせる、本家を部分踏襲した見事な作りだった。
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