さよならソルシエ
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さよならソルシエ

穂積

テオとフィンセント、互いが宿命だった二人

ネタバレ
2021年7月11日
このレビューはネタバレを含みます▼ 19世紀末を生きた2人の天才、フィンセント・ファン・ゴッホと弟のテオドルス・ファン・ゴッホの知られざる愛憎の軌跡とその生涯を描いた作品。
兄と弟として生まれ落ちた2人はお互いを、ずば抜けた才能の持ち主だと気づき、その才能を愛し誇りにも思う一方で、なぜそれが自分には与えられなかったのかと失望し、その才能を羨むとともに憎みもします。
ただ唯一確かだったのは、彼がいなければ今の/これからの自分はいないこと。逆もまた真なりで、自分がいなければ今の/これからの彼はいないことも、分かり過ぎるほど分かっていた。愛も喜びも憎しみも怒りも互いの運命をも分かち合おうとした瞬間は、ドラマチックで感動的でした。
フィンセントが、偶然出会ったある家族の亡くなったばかりの長男の絵を描いて贈ったエピソードには泣きました。大切な人を亡くすと、してあげられなかった事ばかりを思い返して自分を責める日々が何年も続いたりします。そんな後悔や自責の念に沈みながら思い浮かべるかの人は悲しそうで苦しそうな表情ばかり。フィンセントの絵が、この先この家族の気持ちをどれほど救うことになるだろうと思うと胸がいっぱいになりました。
「大人のBL」という触れ込みがあったそうですが、個人的には兄と弟の間にそれは全く感じません。ただテオがとても魅力的なので、評論家のボドリアールやアカデミーのジェローム卿、戯曲家のジャン・サントロにひょっとしてロートレックもみんなテオに …?という想像(妄想) の余地は感じました。
なお、「史実/実話と違う」という評をネット上でもあちこちで見かけましたが、ことこの作品に限ってはその議論は無意味なはず…なぜってこの作品は、これまで私たちが史実や実話として信じていた通説に挑戦するお話だからです (地球の周りを他の天体が回っていると思ってきたでしょうが実は地球が自転しつつ太陽の周りを回っているんですよ、的な)。
作者が素晴らしい想像力と創造力を発揮し、歴史上の人物たちの姿を借りながら、表現したいテーマを描いた壮大な物語。「もしかしたらこうだったかも知れない」という彼らのアナザーストーリーを読めて自分は良かった。それに尽きます。
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