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シーモア島


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2人が分かち合う “痛み” の名は2021年11月7日(69ページ 11/14までセール300→210pt)
人間が最初に獲得する感情は “快・不快” だという。生まれて間もない赤ん坊は、空腹や眠気、暑さや寒さ、痛みやかゆみ、湿ったおしめなどの“不快” を泣いて訴え、取り除いてもらって “快” を得る。
そうした快と不快の感情はいずれ “喜“・”楽” 、“怒“・ ”哀” へとそれぞれ分化していく。
もし、泣いても不快を排除してもらえないことが続けば「泣くことは無駄だ」と学び、不快の感情を他者に伝えようとすることや感じること自体を放棄し始めるそうだが、問題なのは不快の感覚を失えば対の感情である快感も得られなくなってしまうことだという。なるほど、「心地いい」と言えるためには前提として「心地悪い」ものの存在をも認識している、ということだ。不快を感じないなら、快感もない。
5才で別々に引き取られた双子の兄弟・基親(もとちか) と宇隆(うりゅう)は間もなく、互いが傍にいない時には「痛み」を「痛み」として認識できなくなる。本来は気を失うほどの激痛を伴う怪我ですら、痛いと感じない。“不快” 感に直結する痛覚を失うということは怒りや哀しいという感情を失うということであり、その結果 “快”感が導く喜びや楽しいという感情も同時に人生から消失することを意味する。それは絶望的なまでに無感動で虚ろな時間を生きることにならないだろうか。
それ故、逆説めくが、まるで「殺し合い」だと周囲が懸念する成長した2人の流血バトルは、実際は「生かし合い」に他ならない。
2人が揃うことでまざまざと甦り襲いかかる激痛。それは空漠とした時間の流れに不意に落とされる爆弾。リアルな手触りを伴う感情の劇的な覚醒。「生きている」という痛いほど強烈な実感を互いに与え合う行為。
そういう行為を私たちは普通、愛と呼ぶのだ。 -
知って欲しい辞書のお話2021年11月7日(156ページ/500pt)
少し前のレビューに、英語⇔日本語の通訳・翻訳が仕事の一つと書いたら、私がふだん使う辞書に興味があると仰ってくださる方が…!そこで、本書の著者が三代にわたり作り上げた国語辞書をご紹介します。
日本語でものを書く仕事をされていたり、外国語⇔日本語の訳出に携わる人であれば「知らない」人はいないと思われる『日本国語大辞典』。映画化もされた三浦しをん著『舟を編む』の冒頭にも登場しています。
国語辞書の代名詞的存在の『広辞苑』は実は “中型辞典” (収録25万語)。対して『日本国語大辞典』は日本唯一の“大型辞典” (全14巻/50万項目/100万用例)。が、お値段もン十万、おいそれと手が出せません。
そこで、ふだんは電子辞書内蔵の『精選版 日本国語大辞典』(精選日国) を使っています。30万項目/30万用例とスケールダウンするものの、本書を読めばわかる通り、編纂の経緯からも定義と用例の正確さは他を圧倒し、訳出者にとっての「お守り」「拠り所」です。
通訳の先輩方はネット辞書の類いは殆ど使いません。その理由は主に2つ。1つは、通訳者が現場でスマホを操作することを機密保持の点からも嫌がるクライアントが多いため。2つめは、ネット上の情報には無責任で誤ったものが本当に多いため。やむを得ずネットで引くという場合は、『デジタル大辞泉』や『大辞林』に加え先の『精選日国』まで無料で使えるコト×ンク一択という人が多いです(直接ブラウザで引かずアプリからオンラインで)。何か言葉を入力すれば複数辞書を横断して一括表示してくれます。
ためしに「まとを」と入れて検索をクリックすれば、リストトップに「的を射る」と表示され、読めば「的を得る」だと誤用している人が多いと分かります。「むねのつかえ」と入れれば「胸の痞えが下りる」。「みっか」と入力し結果リストを全表示させると「三日に上げず」の表記が。よく「三日とあけず通いつめる」等と誤用されているのを(BLノベルでも) 見かける言葉ですよね。「プチフール」や「バウムクーヘン」というお菓子の語源も確認できます。
もともと辞書を読むことが好きでしたし、今は仕事柄、辞書を引かない日はありません。ですが、本書で著者が書いているように、自分では分かっていると「思っている」ふだん使いの言葉こそ辞書を引く必要があるなぁ、とつくづく思い知る毎日です。 -
原点回帰--男でもあり女でもあること2021年10月31日(全15巻/各巻150pt/1-5巻は読み放題あり)
幼稚園に通い始めてすぐ、私は同い年の女の子達と「なにか違う」と互いに感じあっていることに気づいた。ままごとや人形遊び、男の子の噂話に全く乗ってこない私は彼女達にとって変人でしかないようで、たちまち女の子の遊びの輪に誘われなくなったが私は私でホッとしていた。ただ、感じた “違い” は一体何だろうと思っていた。
その正体の片鱗に触れたのは小学校に上がったとき。NHKの連続人形劇「新八犬伝」が始まり、2年間、毎日夢中で物語を追い、自分の中で反芻し再現した。
こうも惹かれた理由に、辻村ジュサブロー氏の作る人形たちの表現力の豊かさ、曲亭馬琴による原作や人形劇自体の面白さがあるのは言うまでもない。だが最大の理由は2人の登場人物--犬塚信乃と犬坂毛野--への限りない愛着、自分の中の “違和感”の根源に響く何かを彼らの存在に感じ取り共鳴していた故だと思う。
いまその “何か” を端的に表現するなら、2つの性/生を同時に生きる者の存在とその悲しみ、と言うだろう。
原作『南総里見八犬伝』で信乃と毛野は生き延びるためにそれぞれ女児として育てられる。
男でもあり女でもある2人。その“両義的” 存在は私の中にもある矛盾や違和感、“どちらか一方だけでは引き裂かれる自我” を慰めてくれる気がした。こうした感覚は多くの人が大なり小なり持っているものだと今なら知っているし、適切な表現を以前は誰も持っていなかっただけとも思う。それでも、 “違い”が生む “疎外” は自分自身や他者との折り合いを難しくし続けた。
本作品における信乃は原作とは逆に“男として育てられた女性” として描かれ、生きるため男と交わり精気を取り込まねばならない呪いと葛藤に苦悶する。一方の毛野も身内に棲む魔と戦い、男でありながらその美貌と体で男達を陥落し本懐を遂げようとする。
この2人の両義性が孕む悲劇性が、かつて人形劇に私が感じたままの美しさと哀しさをもって表現されていることに感動する。
何を読んでもどこかで “これじゃない…これが読みたかったわけじゃない”と長らく感じていた。本当に読みたい本に出会うため原点に還ろうと思い立ち、さて私の原点はと考えた時に人形劇を思い出し、ひと月前にこの作品を見つけて読んだ。あぁこれだ、ずっとこの物語に帰ってきたかった…! -
大丈夫、この巻だけでも楽しめますよ!2021年10月26日時系列的には『竜は将軍に愛でられる』→『番外篇 王国のある一日』→『王子は黒竜に愛を捧げる』に次ぐシリーズ4作品目。
でもファンの先輩方のレビューにたじろぎ、「1作目から読まなきゃか…」と身構えたり怖じ気づくことはないですよ。読者を置き去りにしない丁寧で優しい描写が定評の名倉先生。あとがきで太鼓判を捺していらっしゃる通り、興味を引かれたどの巻から読んでもすぐに世界に溶け込めます。どのみち、1冊を読み終える頃には(先輩方の願いand狙い通り) 猛然と全冊読破したくなっている筈です…。
さて本作は、竜人族の騎士シリル(22)と美しい歌声を持つレヴィ(17) の出逢いと奇跡の恋のゆくえを描いた物語です。序盤で明かされるレヴィの壮絶すぎる生い立ちと、その限界を超えた我慢や頑張りに涙せずにいられる人がいるでしょうか。
一方のシリルも、国の宝としての振舞いを幼い時から求められ、他者の手で人生の先の先まで敷かれたレールの上を諾々と歩くだけの日々に倦んでいました。
貧富の差こそあれ、思うに任せない人生に多くを望めなくなった心のありようと、気高く孤独な魂という2つの共通点を持つ2人が、それと知らぬ間に惹かれあい恋に落ちていく。若い彼らにしか持ち得ない真摯さと純真さと一途さで互いを求めあう姿に、きっと胸打たれ心揺さぶられるはず。
ファンタジーだからといって全方位ハッピーで終わらせないベテラン名倉先生が描く、人の生の現実と重さ。その幸と不幸の絶妙な調味加減が、あともう1口、と次の作品を読者に渇望させます。
シリーズ初の冒頭の人物紹介図をはじめ、黒田屑先生の美麗なカラー扉絵や挿画、ランディ愛が爆発した(笑)あとがきイラストは必見です。 -
また、きっと会えるね…2021年10月25日(63頁/200pt)
カブトムシは夏の終わりに卵で産み落とされ、2回脱皮した幼虫は土の中で冬を越し、翌年の春にサナギ化して2週間後に羽化し成虫になる。夏の初めに地上に出てきて樹液で栄養を摂り、交尾をし、産卵して夏の終わりに息絶える。
短い生の間、全力ですることばかりだ。
10歳の夏。母親と2人家族の4年生の有季(ゆうき)は、母親に「一人になりたい」と言われ田舎の祖母の家に預けられる。
有季の寂しさを思いやる祖母。同い年の泰宏(やっちゃん)がくれたカブトムシの幼虫。
誰にどう気遣われても、応える余裕などありはしない。いつまでと期限を言わない「一人になりたい」は心を喰らう悪魔の呪文。要するに「お前なんか要らないよ、邪魔」ってことだから。
呪文を聞いた心の表面は擦りきれてヒリヒリするから、傷つかないようトゲトゲさせておくしかない。丸ごと包(くる)もうとする人の優しさも、トゲトゲに引っ掛けてズタズタにしてしまう。そしてそのことに自分でも気づいて更に傷つく。
自分がどんどんイヤな子になっていくと感じる辛さ。1人で背負う姿に胸が潰れそうになる。
心も体も簡単に大人になれたらどんなに楽だろう。だが現実は、親が居ようが居まいが、毎分毎秒、自分ひとりで戦いながら成長していくしかない。
全ての子ども達の羽化が健やかであれかし。 -
耽美、それは“失われた半身”を求める心2021年10月17日バージルシティで連続する猟奇殺人事件。被害者は男のみ、男性器を切り取られ公園の彫像の足下に遺棄されていた…。
粗野で独断専行を地で行くスタンレー・ホーク巡査部長。近寄りがたい美貌の内部管理課長アリスター・ロスフィールド警視。ミステリアスな日本人精神科医ジン・ミサオ。事件捜査を機に3人の男たちの心と体、人生が引き合い、絡み合い、穿ち合う。互いを知らなかった頃には後戻りできない彼らが選ぶ道とは…?
言葉で耽美感に酔った『アレキサンドライト』に続き、山藍先生の耽美を本仁先生の絵で愛でる作品で耽美考(その2)です。正統派の耽美作品の登場人物の多くは美しい反面、およそ熟慮や熟考とは程遠い、どうしようもなく愚かしい一面があることが多いのに、むしろ自分はそんな愚かしさも引っくるめて彼らを愛さずにいられない。
耽美は対比の美学だと思います。“真っ当”に対する“崩れ” や“溌剌” に対する“気怠さ” 、“単純”に対する“複雑” 、“不変・永遠”に対する“刹那” 。このズレや定まらなさ、アンバランスさや“駄目さ” が、そうでない確固としたモノやヒトと対比されることで初めて “美しい” と人に感じさせる気がするのです。
世間的な尺度から見れば、3人の関係は歪で“まとも” ではあり得ない。だが誰しも1度は夢見たことがないだろうか…?己の失われた“半身”、“欠けたパーツ” をピタリと埋め合う誰かとの邂逅、会う定めにあった相手と出逢い愛し合い一つに溶け合うことを…。たとえ叶わなくともそれを求め続けることが耽美であり“JUNE” なのだと思います。
コミカライズは4巻ある原作のうち1巻のみなのが残念ですが、挿絵担当の本仁戻先生が世界観を完璧に表現されており、耽美感を存分に味わえます。フォロー様の『アレキサンドライト』レビューにある通りストーリー(事件)より「美を堪能」が正解です。
なお原作は角川から1,000頁超の合冊版もあります。 -
“両義性” に誘(いざな)われる恍惚2021年10月12日(作品紹介と幾つかのレビューは読後の閲覧を推奨します) 672ページ。
22歳の美しきシュリル聖将軍と、彼を捕らえた隣国のマクシミリアン大佐、そして自国のラモン戦将軍。因縁と謀略、命をかけた秘密と引き換えの服従。憎しみという名の執着。愛という名の凌虐。降りしきる雪の中を疾走し求めた、トライアングルの決着は……?
巨匠・山藍紫姫子(やまあいしきこ)先生による耽美ロマン小説。
耽美という言葉はとかくイメージ優先で使われている気がしてならない。“うっとりする美しさ” “危うく儚い束の間の美” “神聖で侵(冒)しがたい高貴さ” の意味で使う人もいれば、“禁忌/禁断/背徳” “過剰なほど華美な倒錯的エロス” と受け取る人もいる。だが本来はもっと振り切った定義を持つ。
耽美主義は真・善・美の均衡を崩し、美しいことが最高で論理的賢さ(真) や倫理的正しさ(善) を無価値とみなす。自然より人工、精神性より感覚と情緒、内容よりも形式、写実より虚構を好み、悪徳の中にすら美を見出だし、既成概念や道徳を拒絶する。
極論すれば、誰を傷つけ苦しめようが (いっそ誰が死のうが) そこに自分の求める美さえあればよしとするので、物語は自ずとメリバになりがちだし主役たちの中身は悲しいほど愚かか軽薄、自己愛的で自己中心的、容姿だけが破滅的に美しいのが相場だ。愛し合う自分たち以外は眼中にないので、当然のように周囲から憎まれ排除されるが、当人らは何ら痛痒を感じない(『枯葉の寝床』のギドウとレオのように)。
この視点で見る時、この物語は耽美とは言えない。
しかし世界5大宝石のひとつ*で太陽光の下では深緑、白熱灯や蝋燭の下では赤~紫に見え「昼のエメラルド夜のルビー」と喩えられるアレキサンドライトという作品名…この “あれもこれも” の“両義性” (“あれかこれか” の二者択一でない) が答えをくれる。
それはまず2つの意味でシュリルの比類なき魅力を指し、同時に人の感情の暗喩でもある。人は人に対し “愛か憎しみか” より “愛してもいるし憎んでもいる” という思いを抱くものであると。
そして抑制された心情描写と過剰なほど美しく残酷なエロスの対比が、行間を読む読み手を耽美の恍惚へ誘い、知らしめる。見えるものと見えないものを同時に見つめようとする心こそが耽美なのだと。
*ダイヤモンド/ルビー/サファイア/エメラルドに並ぶ5番目に翡翠や真珠をあげる説も -
なぜ人は人を求めるのか、の答えがここに2021年10月6日バース診断により12歳で婚約者が決まったΩの流星。その相手であるαの愛之介が迎えに来た20歳の誕生日、義兄になるはずのαの志穏(しおん)による巧妙な計略と強力なマインドコントロールで事態は思いもよらぬ方向へ...。
堪能した。
最初は普通に読み、2回目以降は順に流星→愛之介→志穏→兄弟の父親→兄弟の母親→叔父...と読む毎に1人の人物だけに感情移入してその目を通して物語を"経験" し味わった。それから作者の目線になり、なぜここでこのコマを置き、ここで彼にこの表情をさせたのか等に思い巡らせ、どんな思いがあってこの形で作品にしたのか感じ取ろうとしながら読んだ。そうしてもう一度、全員の心情に気持ちを寄せながら通し読みし、あぁ味わい尽くした、読んで良かったと改めて思った。実に9回、ここ最近では最も多く読み返した作品。
何がそんなに自分を駆り立てたか?
それは、「なぜ人は人を欲するのか?人を欲しいというのはどういうことなのか?」という永遠の問いに対する1つの答えが描かれているから。それを教えてくれたのは流星。究極にシンプルで明快なその答えを、順に辿り最後に読み返して確信した時、胸の中に涙が溢れた。
できれば、いつもの3倍くらい時間をかけてゆっくり読んでみてください。1人のΩを巡るα2人による"恋の鞘当て" という以上の何かを、きっと感じるはず。 -
夏の日の一瞬の心情。熱を孕(はら)む視線。2021年10月2日27ページの短編が孕(はら)む熱に、胸の奥が焼かれた。
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強い日射しに目がくらむほどの青空。雲の峰が高くそびえた、暑い夏休みの放課後の学校。額や首筋、胸元や背中を流れ落ちる汗。
からだ中の傷に触れた誰かの指の感触の名残。じりじりと、ざわざわと、何かに自分を投げ出したいような、或いは何かをねじ伏せたいような、居ても立ってもいられない気持ちに急(せ)かされ、身の内にこもる熱に炙(あぶ)られ、正体のわからない何かに向かって文字通り真っ逆さまに落下していく男子高校生の体と心。
出だしからして、熱い。
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「思わせぶり」という言葉は普段、「意味ありげな振る舞い」と解釈されるが、より精密には「人の関心を引くように、自分の考えや気持ちをそれとなく表すこと」と辞書にある。ここでのポイントは、自分の考えや気持ちを「それとなく表す」その表し方が、必ずしも「言葉で」とは限らない点と、その目的が「誰かの関心を引く」ことにある点。
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三宮(みつみや)は連日、放課後にわざと怪我を負い、保健室に行く。それが誰の関心を引くためかは明言されていないが「誰の目にも」明白だ。
保健医の奥津(おきつ)は義務でもないのに放課後まで保健室を開けている。それが誰の関心を引き付けておくためかは明言されていないが、九条(くじょう)の目には明白だ。
その九条が、授業がないのに保健室で休んでいる理由も明言されていないので、読者以外の目には明らかではないのでは?と思っていると、ある可能性が示唆され、その瞬間、視界にどんでん返しが起きる。
途端に三宮のキャラクターに深みが増し、3人の関係が熱を持ちだす。
駆け引き。熱を孕んだ視線。果たして誰が誰を射止めるのだろうか。「彼」の最後のモノローグに、痺(しび)れずにいられない。
ある夏の日の一瞬の心情。それがとても熱いのだ。
(27ページ/100pt) -
気持ちを伝え合うことばかりが、善だろうか2021年9月28日先日、ある人気BL漫画家と小説家が、イメージやニュアンスで誤用されている言葉を本来の正しい意味や用法で自分が使うと読者が勘違いするからややこしい… とSNS上で話していて、思わず唸った。
英語⇔日本語の通訳・翻訳が仕事の1つなので、知っているつもりの言葉でも発音・意味・用法の3つを電子と紙の辞書で確認することが習い性となったが、正しく使ってもクライアントが「?」という顔をすることがある。先日もhighlightという語を文脈から「触り」と訳したところ、英語が堪能なクライアント側関係者から「ハイライトは“山場”のことだから“導入部”という『触り』は変」とのご指摘… 『触り』の意味が “見せ場”であるとはご存知ないようだった。
実は、主役の1人が小説家であるこの作品も当初言葉の用法が気になり2度挫折。「ベッドメイキングは済んであります」(→済んでいます、が正しい) 「感じれない/見れない」(→感じられない/見られない) 「歌声に息を飲むほど揺さぶられた」(→歌声に息を呑み、心が揺さぶられた/息を呑むほど美しい歌声に心を揺さぶられた)。もう殆ど自戒ネタです…。
が、先日3度目にして遂に読み通し、その引っ掛かりを差し引いても余りある素敵な1コマに出会った。
思いを寄せ合う2人の人間が、故あって2度と会うまいと心に決める時、ここを先途と思いの丈をぶつけるものだろうと想像しがちだ。最後は本心を語り合い、すっきりした気持ちで各々の道へ歩み出そうとするだろうと。
だが人の心はそんなに合理的に働くだろうか…?
相手と自分に誠実であろうとすればするほど、人は自分が口にする言葉に縛られ、同時に相手をもその言葉に固定してしまう。「好きだ」とか「愛している」という言葉は、仮に過去形で言われてもその場かぎりの心情の吐露として雲散霧消などしない。むしろ、なお果たされるべき約束、守られるべき誓いとして胸に刻まれ、或いは希望を孕む鎖となって人をその言葉に繋ぎ止める。2人が共に居続けることを取り巻く状況が許さないなら、愛を打ち明け合うことは、未来のないその残酷な事実で自分たちの心を抉る行為にしかならない。
言葉を呑み込み、ただ相手と自分のありったけを、その一瞬で与えあう------互いに気持ちを言わない不作為こそが互いへの最大の誠意と愛の証である瞬間。
これを見るためだけでも一読の価値があった、と思う。 -
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洒落たラストページ。そういうことかぁ!2021年9月24日(注:作品紹介もレビューもスルーをお勧めします)
37ページの短編(120pt)
言葉は “世界” と “人” を知る “視点” をくれる。業務上で誰かが「問題がある」と言えば、そこに問題があることが初めて誰の目にも見えるようになるし、「好きです」と言われればそこに在ることも知らなかった好意を感じ取るようになりドギマギもする。言葉が、ものを混沌から取り出して際立たせ存在させるのだなぁと実感する (あたかも旧約聖書の『「光あれ」と神が言われ、するとそこに光があった』的に)。
異業種交流会でメガネ談義で意気投合し友人となった尚人(ナオト) と鉄朗(テツロウ)。ある日、尚人が発したメガネ絡みのある一言が鉄朗を新たな“視点” に開眼させ迷走させる!
この迷いっぷりがいちいち可笑しく、笑いのツボを押されまくる。かと思えば、誰かを好きと自覚するまでの揺れる心の機微が実にリアルで、それな、と隣で相槌を打ち肩を叩きたくなる。ラストページ…そういうこと?やるなぁ尚人(このこの~)。出てくる人みんな、表情も言動も生き生きとしていて、彼らの感情に寄り添い読み終える頃には、きっと元気になれるはず。
*皆様くれぐれもご自愛ください -
今はウーパールーパーを見るたび胸が一杯に2021年9月21日冒頭3ページでサラリと示される大学生の主人公・未弥(みや)の辛い事情 (決してトラウマの類ではないのでその点はご安心を)。その彼が大学図書館で見かけて気になっている男・令(れい)と言葉を交わし、そこから少しずつ明かされる2人の素性。そして事態は命と愛を軸に思いもしない展開へ…。
たぶん…電化製品のマニュアルを自力で読むより誰かに丸投げ!の人や誰かにふぅふぅしてもらわないと熱いスープが飲めない人(も~甘えん坊さん達め) には、話の展開や2人の心情が少し掴みにくいかも。手取り足取りの説明は一切ありません(だからこそリアルでもある)。特になぜ2人がこのタイミングで体を重ねたのかは、そこで立ち止まっていてもたぶん永遠に分からないので、「何で?!」ではなく「何かあるんだろうなぁ」と疑問と感想は保留にし、共に先へ参りましょうぞ。
未弥がスマホで打った6文字とそれに続くシーンには画面が滲み唇が震え「作者様、お願いだから…!」と何度も祈りました。
全て読み終えてから始めに戻る。初めてウパを目にした未弥の表情を見つめる令の心の内には、どんな思いがあっただろう。
『BLACK SUN』を読んで以来、心酔している作者様。他にはない物語世界の着想と構成。人物の描写と構図。シリアスとユーモア。何もかもに惹かれる。私の中では西田東/ヒガシ先生と同じ地平線上にいらっしゃる方。シーモアさんでの決して多くはないラインナップを惜しみ、ちみちみと読み進め、どれも何度も読み返す。あぁ、この先生の作品について誰かと話せたら… 愛してます先生! -
無慈悲に暴かれる“秘密”を、守り抜けるか2021年9月17日12巻完結。スピンオフの【秘密season0】は現在も進行中。
時は2060年。「第九」と呼ばれる科学警察研究所の新人・青木が、組織を率いる美貌の警視正・薪(まき)や同僚と信頼を築きつつ事件捜査に奮闘する様を軸に本編が進みます。
人間の底知れない心の闇や業が産み出す陰惨な殺人事件。恐るべきは、被害者の脳の生前の記憶を見た者は、犯人しか知り得ないはずの殺人行為の詳細な手段や残酷なプロセスをただ「見る」だけでなく、今まさに殺されんとしている被害者が死の淵で感じる恐怖や絶望をもありのまま追体験することになる事実。
そして脳に刻まれた記憶の「秘密」を前に、捜査にあたる者たちもまた、善良で潔白なばかりではない自らの内面や、過去に搦めとられた己れに対峙します。被害者と加害者と捜査官は、事件の因果の結び目で出会う互いの秘密を暴きあう存在。唯一最大の違いは、他者の命に干渉したか否かの一点です。
清水先生の迷いのない美しい絵が、猟奇的事件のむごたらしい被害者とおぞましい犯人とをフラットに描写することにも戦慄します。裂かれた腹から溢れ出た臓器のグロテスクささえ、1滴の血も描かれないだけでこうもショックが和らぐものでしょうか。
どうか『秘密1999』(第1巻第1話)と、ある少年の死(第2巻)のエピソードを読んでください。
前者はこのシリーズのタイトルを決した作品。休暇中のアメリカ大統領が死を前にSPを呼ばなかったのは何故か。その真相究明の場に読唇術のプロが呼ばれたのか何故か。エピソードゼロにあたるこの物語を20年以上前に掲載誌で読んだ時、凍りついた。死を賭してでも秘密にしておくはずだった心が白日のもとに曝される可能性。その暴露が不可逆的に誰かを傷つけるかも知れない可能性。「言いたくない」も「知りたくない」も無情に奪われ、死ぬことの恐怖の意味が変容する世界。それは生きることの恐怖と同義では…?
のちに会話しつつ目隠しを頼む薪の心情は、このエピソードの主人公の心情にリンクしていると思います。
後者の、少年の死は、ある一家惨殺事件の捜査中に起きます。彼がどのような少年であったかーーどういった特質で日々をどのように生き、愛されていたのかーーが明らかになるにつれ、もたらされた死のむごさと理不尽さが胸をえぐり、怒りと無念と哀しみで倒れそうになる。それでも、清水先生が描き出すこれら究極の愛の物語を多くの人に読んで欲しい。 -
TRIPには、つまずきや過ちという意味も…2021年9月16日「××が★★を好きになった理由がわかりません」というコメントをレビューで見かけることがあり、それってどういう意味?と時々立ち止まってはレビューを読んでしまいます。
多くは「★★はクズで愚かでetc.好かれるところなんて何もないから自分だったら好きにならない」という感情に起因している模様。なるほどなぁ。
或いは「好きになったことがわかる場面が見当たらないから伝わりやすく描いて」というリクエストパターンも散見。なるほどなぁ(2回目)。
1998年初版のこの作品は7話からなる短編集で、1つを除き表題作の連作(つまりテーマが同じ)。紙版を手放しているので50%OFFの今回買い直して読みました。
当時は気づいていなかったことが沢山あったなぁ。人を好きになるのには本当に一瞬で足りるんだってこと。好きになる理由なんて意識もしないうちに好きになっているんだってこと。年下をたぶらかす大人の狙いすました手練手管にはひとたまりもないんだってこと。そんなズルい男をそれでも嫌いになれないのがリアルなんだってこと。
それから、好き合っている同士であっても互いの“好き”に違いはあるということ------これが共通のテーマ、かな。 -
あと1コマ、いや2コマあれば…!2021年9月13日好きな友人とは肩が触れ合うほど近くても平気(むしろ楽しい)だけど、苦手な相手とは少し離れて座ったりする。人と人は心理的距離が近い者同士ほど現実の物理的距離も近くなるけれど、その逆は必ずしも真ならず、ですよね。 満員電車で隣りに立っただけの他人にむやみに親愛の情を覚えることは、まずないわけです(不届きな振る舞いの奴らに憎悪や殺意を覚えることはあっても)!
でもでも!リモート授業と違いリアルな学校生活では距離が気持ちに影響する行事もたくさんありました。席替えはその最たるもの。仲良し達と席が離れて寂しかったり、 “違うグループ”の子が隣になって仲良くなっていったり。あぁ、懐かし~。
これは、通学路の駅で知り合ったDK2人の一方が他方の制服のネクタイを結んであげる距離まで互いに近づき、そして… ?というお話。はなから結論は見えたとしても、なにせ途中経過が……わぁ……くすくす……ひゃあ…… いやもう初々しさに居たたまれないよ~っ、よ~っ、よ~っ、よ~…ょ~…(こだま)
フォロー様方やレビュアーの皆さんの悶絶撃沈っぷりまで可愛いときた。
あぁー、あと2コマ先には、きっと…! -
私の「苦い」には、「甘い」があった2021年9月11日(2篇84ページ)
仕事が休みの日の明け方。ふ、と目を覚まして枕元のスマホを手に取る。今日はオフだし、と寝そべったままシーモアを開き本棚を眺め、半日前に買ったばかりのこの短編集を選びゆっくり最初の『悲恋の夏』を読み始め……30分後、ガバッと起き上がり何でだよと叫んでいた。
胸の内をざらりと擦りながら落ちていく苦さ。かれこれ40年(以上)、古今東西・多種多様な本を読んできて、別に初めて触れる感覚でもない。でも微睡みながら味わうには、あまりに苦すぎる…。美しいタイトルに油断してはいけない。釘を刺すどころか、彼は人の心にも人生にも楔を打ちやがっ…打ってのけた。
この余韻が抜けないまま2篇目の『十年の桜』へ。1篇目とは別個の短編。高校で同級生だった男2人が再会。その偶然の小ささと、それが導く結末の大きさとの衝撃的な不均衡。苦い…。だが苦いとはここまで痛みに振り切った感覚だったろうか?自分は苦味の認識がいつの間にか甘く鈍(なま)っていたのかも知れない。
この2つの作品、登場人物の容姿に関する描写がほぼない。容貌の美辞麗句が不自然に並ぶBL小説群とは一線を画し、読み手の読む力を覚醒させる。直接描写なしでも人物像を脳内に結べるか。たまにはこんな風に試されるのも、いいな。
*色々あり、しばらくレビューから離れていましたが私は元気です(魔女宅のキキ風に)。これからも、自分が向き合いたいと思った作品のレビューを、自分のペースでゆっくりと書いていこうと思います。
*フォローしている皆様方のレビューからも離れていたので寂しかったです。きっと未読は200近くに上りますね…これを書き終えたら一つ一つ拝読します!
*唯一読めた恋の分量の4人のフォロー様。感動しました。私は今回の皆様方のように、立ち止まり、(なぜなぜ坊やと共に) 恐れず深く物語に入り込んで思索し、混沌の中から自分の内面をも取り出す行為そのものがレビューの醍醐味の一つ、と改めて思いました。毎度それがいいとまでは言いません。でも耳触りのいい言葉やふんわり表現で濁してそれらしく装える人もいるでしょうに、敢えて抜き身で斬り込んでいき考える姿勢を心から敬愛しますし、自分もそうありたいと思います。 -
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『ステキなオジサマはもれなく**』2021年8月26日8人の作家によるイケおじ作品集・全259ページ。レビューのタイトルは池玲文先生による巻末の名言を拝借しました(伏せ字**の答えは↓に)★敬称略した作家名の後の『/数字』は作品ごとのページ数です
【5 More Days Till Christmas/池玲文(いけれいぶん)/10】クリスマスまであと5日。帰宅した旭(あさひ)をサンタ姿のジェイクが出迎え、そのまま濃厚ラブに突入~!巻頭から神が降臨。これぞ『成熟』の極み、溢れ出す色気の凄み!光輝にくらむ目には修正など無いも同じ(ちゃんとあります)
【笑わないメルヘン/嶋二(しまじ)/34】おっさんの真価、それは『ギャップ』にある!がテーマ。強面(こわもて)なのにドジっ子、強面なのに猫にモテる---可愛いしかない。「一(いち)おっさんが“不器用” に腰かけて甘えるな」は名言!
【狩人と魔物/硯遼(すずりりょう)/36】保護した魔物の子どもと深い森の奥で暮らすハンターのアルヴァンの苦悩と希望。『言葉が通じないもの同士の愛と優しさとエロス』がテーマ。誰か~ショートフィルムにしてくださ~い!
【Not if/ハジ/36】殺し屋の蘭(アララギ)と運び屋の櫟(イチイ)は7歳差の恋人同士。仕事でささくれた心の浄化は、ふわふわのアレで決まり!異名同実(いみょうどうじつ)の常緑樹である「蘭」と「櫟」の名を持つ2人の『バディ』感が超いい!
【部下と上司と壁の女王/せいか/36】あ、タイトルはそういうネーミングだったのか!と途中で気づく。『上司と部下』が手に手を取り足に足を絡め(?)くぐり抜けていく怒涛のマルチハラスメント!続編ありそう
【今夜だけのナンバーワン/カサイウカ/26】『デリ ヘル』店長の薫と客の弓彦との相互一目惚れストーリー。穏やかで、はにかみやで、少し臆病。そんな大人の2人の雰囲気と睦み合いが最高で萌える
【50歳、最初の恋のはじめかた。/松本ノダ/42】50歳で『DT』の三田さんが若き男性ダンサーに一目惚れ。三田さんの柔らかく真面目な人柄、好きにならずにいられないよ。26歳のトモの色気は瑞々しく清潔、なのに悩殺的で反則。1粒で2度泣けるラブストーリー。大好き
【アダージオNo.53/鹿島こたる/42]】耽美的な絵柄が紡ぐ『年上』バレエダンサーと『年下』ピアニストの純な恋。ラヴェルのボレロを踊るモローのカットがジョルジュ・ドンそのもので美しい(そしてバーの名前がベジャール)!懐の深さまでもがセクシーな大人のモローに痺れる
★**=「至宝」 -
無力な人々の、結末のその先にあるもの2021年8月22日こちらを見つめる表紙のシブいイケオジと視線を交差させ、ドキドキとおもむろに開いた1ページ目、この無音の3コマの部屋の様子や物の位置、表情だけで彼がどんな人であるか3割がた説明しきる先生の描写力。まただ。1コマの持つ意味とパワーでまた否応なく足止めされ隅々まで目を凝らしてしまう。
BLではなく青年マンガ枠の46ページの短編。
役員登用を蹴り閑職に追いやられたアラフィフの尾崎部長とその息子の修一、異動してきた女性部下の沖本の3人が織りなす想定外のストーリー。
そもそも“無力”って何のことだろう?確かに登場人物のうち2人には“力”がある、なのに“無力”とは…。不要で無意味な力?客観的なそれというよりは主観的な無力(感)に近いのかな。自分が夢も希望もなく人生を精力的に生きていけないという以上に、自分にとって意味ある存在が力強く生きていく力になってあげられない、それが彼の感じる “無力”の正体なのでしょうか。
切実なまでの親の心に胸を衝かれる。憤りや苛立ち、申し訳なさや哀しみ、気がかりに憂い、身を捨ててでも救いたいかけがえのなさ。それらを皆ひっくるめて愛しさと呼ぶのだろうか。
はたして何人が無力な“人々”だったのでしょう?2人?3人? あるいは…?
珍妙な紹介文は事前に読まない方が無難です
(8/30までセールにて 65pt) -
小さな変化の一歩として、伝えたい2021年8月21日セールになっていた英語版を先に読み、ついで日本語版のこの本も読み、読んだ以上は伝えなくては…と思ったので短くレビューします。
今年の6月にも英国BBCを始め各国や日本で大きく報道された、数年前からいま現在進行形で起きている人権弾圧の生き証人たちの経験を描いたシリーズ(21ページ)。
絵が淡々としているだけに凄惨な内容とのギャップが衝撃的です。
テロや戦争、飢餓や感染症など世界で起きている問題はあまりに巨大で、とても自分ごときが何かしたところでなんの力にもなるまいと感じるのは無理もないことだと思うのです。経験したことがないことに対し、どこからどう対処すればいいのか最初は分からなかったと多くの災害ボランティアの方々も言っています。
ただ以前、国際貢献をしているある日本人の活動家の方が、自分が知り得たことをただ別の誰かに話すだけであっても、その口伝えがいつか遠く地球の隅々まで届いたり、力のある企業や政治家たちを動かすこともあり得る時代ですと仰った言葉が希望をくれました。
1人でも多くの人に伝わりますように。 -
作者お得意の、喘ぐ攻めと煽る受け2021年8月19日灰原歩(あゆむ)はある晩、電車内に脱ぎ落とした革靴を拾ってくれた男・火神尊(ひかみたける)と出会う。お礼がてら彼を酒飲みに誘い…?
この作品は「聞くBL小説」シリーズのCDドラマの書き下ろしシナリオを作者自らがノベライズした67ページの短編。トラックごとに主役が入れ替わるCD同様*、ノベルズも章節ごとに視点が切り替わりテンポよくお話が進みます。
(精神や肉体疲労時のエロス補給に即効性ある気がします)
タイトルにサンドリヨンとあるからといってシンデレラをなぞる展開かと予断をもって読むのは禁物です。サンドリヨンという言葉はあくまでも、目の前で見知らぬ美人が靴を脱ぎ落としていったその状況を火神がロマンティックに表現したもの。火神がその言葉を使ったことで、サンドリヨン=灰原が火神好みの容姿だったんだなぁとか、きっかけを作ってまた会いたいと瞬時に認識したんだなと読み手が理解できる仕掛けなのです。よって、灰原にシンデレラ的な不幸なあれこれなど期待(?)するべからず。
ところで小説やコミックスを読みながら設定や展開に「そんなことってある?」ともし思った時には(滅多にありませんが)、自分という枠組みにとらわれているサイン点滅かもと思うことにしています。はたして自分という人間はこの世のありとあらゆる森羅万象やら、約79億もの人類の性格と言動すべてを統計的に知っているつもりかよ、と。事実は小説より奇なりと言い、事実の方が想像の上をいくのだから小説が自分の枠を超えているくらいで、いちいち驚くなかれと。「ありえない」は案外「知らないだけ」かも知れませんよね…。
*CD販売元のst-noix ブリリアントプリンレーベルのサイトでサンプル音源をたっぷり視聴できます。自分は「歩…」と切羽詰まった火神の声が聴けるサンプルNo.7が好きだなぁ -
軽やかなやり取りに、きっと惚れちゃうよ2021年8月17日のどかな探偵事務所に(時々)舞い込む様々な依頼を、探偵の史佳(フミカ)と助手の狼(ロウ)がドタバタと解決するかたわら、1話ごとに2人の距離もちょっとずつ縮まっていくオムニバス・ストーリー。
全6話+書き下ろし。第1話では迷子のペットを探し、ネコを飼うことに。第2話では家出した人を探して、オウムを飼うことに。第3話では特殊清掃して、金魚を飼うことに。おっと、そもそも存在しない第0話で、“あるもの”を飼い始めたんでした…。
ルックスも性格も行動さえチャーミングで読めばきっと惚れちゃうフミさんとロウ。室内にある家具や家電や雑貨の1つひとつに至るまで、柔らかい手描き(風)のタッチがキャラ達の人柄やたたずまいとも相性ぴったり。
なんといっても、軽みがいい!2人のやり取りなら無限に見ていられる。
心をユルくしたい時、オススメの1冊です。
*フォローさま、佐狐探偵事務所に真相究明を依頼したいと仰っていた件、自分は事務所の者ではありませんがお答えできます…。分冊版は2021/07中旬頃レーベルから40% OFFクーポンが出た時、7/21に新刊で第6話を出すもののその1週間後の7/28をもち諸般の事情で販売終了する旨のお断りが掲載されていました。自分は分冊版で入手していましたが、書き下ろしがあるとのことでこちらも購入、特典ペーパーも4コマもたっぷりあって幸せ満喫です。 -
乱歩と準一の、なまめかしいBL的関係2021年8月13日フォローしている方々が夢野久作作品をレビューされた時、彼と互いの作品を論じ合う仲であった江戸川乱歩の長編小説をちょうど読んでいるところだったので、すごく嬉しくなり、本を持ち寄り回し読みしていた女子校時代のノリで「やっぱり好きなんだー!」とひとり快哉を叫んでしまいました。
怪人二十面相に明智小五郎、少年探偵団などの“探偵小説” (ここではあえて“推理小説”と云わず) に胸ときめかせ心踊らせた小学校時代を経て、中学では作者についてある重要な認識を得ることになりました。
それは、江戸川乱歩は「男色の研究家」であったということ。あぁ道理で!怪人や明智、小林少年の間に何か胸をドキドキさせる只ならぬ気配を感じていたのは自分の錯覚じゃなかった!と深く納得したものでした(この辺の史実、学校では教えてくれないことでした。今はどうなんだろう)。
ところで彼には共同研究者がいて、それが美人画で知られる竹久夢二の愛弟子にして大層な美形としても有名な岩田準一です。
この作品は、そんな江戸川乱歩と岩田準一とが時代の中で互いをどんな風に愛したのかを、九州男児先生がBL的に「こうだったかも」との妄想解釈で描いたものです。
全3巻トータル約90ページで、1・2巻は読み放題あり(各巻150pt)。
あぁ2人の楽しいオタ活ぶりと、奥ゆかしく上品で、ちょっと切ない愛の行方を覗いてみて欲しい…。 -
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人と人を離し、或いは結びつける言葉とは2021年8月1日私たちが普段日常で交わす会話は、たとえば「ちょっと行ってくる」のように、主語もなければどこへ行くとも言わず、ちょっとがどのくらいの時間(あるいは日数)なのかや、いつ戻ってくるのか(そもそも帰ってくるつもりなのか) すら告げず、しかも直前の会話を受けてではなく数日前のやり取りの続きをいきなり始めた場合であっても、相手と自分とが積み上げ、重ね、撚り合わせてきた関係の文脈の中で大抵は正しく認識・理解される……改めて考えると、これってすごいことですね。
このお話は、気まぐれで田舎にやってきた野島大也(だいや)が3年前から当地に住む尾田川祐介(ゆうすけ)と出会い変わっていく中で言葉により関係を見つめる、40ページの短編です(8/3までセール)。
フォローさま始めレビューされている方々が皆、口を揃えて仰るように絵が本当に美しくリアル。目が痛いほど日差しが眩しい夏の青空、草いきれが感じられる乾いた田舎道、年長者たちの顔に刻まれた優しい笑顔、日が落ちてから縁側で涼む夜風、寝そべった背中に感じる柔らかい畳、そして汗ばんで少し湿った祐介の髪の毛も、大也が胸に感じたヒリヒリする痛みまでもが、ありありとそこに息づいて感じられ、なんとも言えない幸福感に浸りました。 -
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生涯で、ただ一度きりの恋をしたふたりは…2021年7月25日2018年日本公開の同名の映画をご覧になったことはありますか?(自分は今年の始めにHuluで見ました) イタリアを舞台に、17歳の少年エリオと、アメリカから来た24歳のオリヴァーのひと夏の恋を描いた映画で、人物の佇まいや風景、エリオの純情やナイーブさもオリヴァーの笑顔も、ふたりの恋の駆け引きもキスも愛の交歓も、何もかもがきらきらと輝くような美しさを放っていました。
こちらはその映画の原作(上下巻) です。
エリオの一人称で書かれたこの作品、映画を観るだけでは分からなかった場面の流れやエリオの心情がよく分かった…などという生易しいものではありません。
彼がオリヴァーに夢中で恋をし、その愛を身も心も狂おしいほど欲する一喜一憂が、これでもかと描写されていて、読み手である自分はその感情の奔流に飲み込まれて苦しいほどでした。人はこんなにも瞬間瞬間、絶え間なく感情が動いているものだったかと呆然とするほど。自分なら自分の目からすら隠したくなるようなエゴや惨めさやなりふり構わなさも、つぶさに明らかにされていて、こちらの心臓までやられそうでした。
そして実に、映画はふたりの恋の触り(ハイライト) でしかなかったことに驚愕。いえ、むしろ原作にはあの夏から20年先に至るまでのさらに素晴らしい恋の軌跡が描かれていました。あぁ、本当に読んでよかった…!
一生に一度、出会えるか出会えないかという恋をしたふたりの物語に、何度も胸が震え目に涙が浮かび、身体中がしびれる喜びで満たされました。
(販売終了になる前にDVDやBlu-ray、サントラを購入決定) -
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脳内に大放出した快感物質に、もぅ溺れそう2021年7月23日*2021/07現在4話まで*
とある時代のとある国。踊り子で男娼、囚われの身のヨルがハイブリッド種* のアムランに買われ身請けされる。ヨルの戸惑いをよそにアムランはヨルを見知っているようで… と、この導入部だけで好みの要素は幾つ入ってた?と息が荒くなりそうな萌え設定。
流麗なラインが描く体の躍動感としなやかさが絡みの激しさと美しさを倍増し、陶然となります。アムランの神秘性と獣性を見ると脳内にドーパミンやエンドルフィンが放出して多幸感に包まれ、心と体の感じやすさを映すヨルの生き生きした表情に心臓を撃ち抜かれました(もはや"死に体"状態)。
ちなみにアムラン獣ver.の動物は、1日約50回 (1回約20秒) 交尾することで知られ、作者さまもそれをご存知の上でのアレのよう…?(ケニア等ではオス同士のカップリングも実際に目撃されるそうです)
あるキーワードが2回登場し、トランプの神経衰弱よろしく2枚抜きしてわかった事実はあれど、まだまだ伏せられたカードが多く楽しみが続きそうで嬉しい!
表紙の美しい2人がずっと気になりつつ単話売りだからと目を逸らしていましたが、最新4話が出た機会にレビュー欄をチラ見。いまフォローしている方々がフォロー以前に相次いで陥落していた…のが購入の決め手です(いや自分のせい!…でも"信玄餅"でコーヒー吹きました )。
*ハイブリッド種:作中、人間⇔獣に姿形の変容が自在で秀でた能力をもつ高等種 -
いつか結晶化するように、と記される物語2021年7月22日宮沢賢治や長野まゆみの著書を通じて鉱物に魅せられた一人ゆえ、この作品を手に取らずにいられませんでした(厳密にはスマホにダウンロードですが)。
石の研究者・ベントが、鉱石を食べるイーリスと出会い、旅を共にしようと持ちかけて始まるお話。
細密画のように繊細で美しい絵が綴るのは、鉱石のように硬質で静謐な物語。一つひとつの出来事をことさらに大げさに描き出さない表現が生々しさを削ぎ落とし、エピソードの細部に捕らわれてしまいがちな読み手の注意を彼らの心情、心の絆の変化に集中させます。
同時に、真っ青な空とか虹色にきらめく瞳といった言葉一つでいま目にしている絵に心の中でただちに彩色を完了させる変換力や、静止画のようなコマとコマを脳内でなめらかに繋げられる補完力が読み手に求められていると感じました(要は想像力です)。
作者がファンタジーの王道を詰め込んだと言う通り、幻の種族、生き別れ、善良な年長者、旅の道連れ、苦難と克服、人を信じること、生きる目標…などを始め物語を盛り上げる魅力要素がいっぱいです!
時を止めることはできず記憶は風化していこうとも、未来の誰かに届けと願いを込めて記す目録に果たして何が書いてあるのか、作者が読み手に想像の自由をくれたことも嬉しい。
種族の血ゆえ少年と見紛う外見でもイーリスは25才。その年齢に、俺はあと×年は生きるというベントの発言、さらにこの時代の医療や寿命は現代ほど高くないだろうとの推測を加味すると、無精髭で年嵩に見えても意外やベントは30才くらい…?人生という旅を共にすることにした血の繋がらない兄弟のような2人、とイメージして読み返しました。 -
きっと今日も、どこかの空の下でふたりは…2021年7月19日山麓の村で薬草の売買を生業にしているオンブラが、ある日引き会わされたのは、病気の友人のためにとある薬草を探しているというシリウス王子。協力する代わりに山中の小屋で家事をすることを求めるが、オンブラにはシリウスに対して実は屈託があるようで…?と始まるお話。
小屋への道すがら、オンブラが示した無自覚な気遣いに気づくシリウスに、あぁこの人は、ただ蝶よ花よと一方的にかしずかれ与えられてばかりだっただけの王子ではなさそうだ、と分かります(後に、凄絶な過去の一端が明らかに…)。他者に優しくできない人が、他者から示されたものが優しさだと気づけるはずがない。ささやかな人の気遣いに気づき感謝できるのは、自分も同じように人に気を配り心を砕いたことがあるからに他ならない。シリウスの生来の気質、気だては、ある方のレビューにある「無垢で曇りがない分、芯が強い」という表現がピッタリです。
他方、オンブラは王子に対し憎しみを滾らせているようでいて、とある因縁ゆえに憎まなければならないんだと必死に自分に言い聞かせ奮い立たせていることが見てとれ、その心を思うと辛い。
愛と憎しみは、あたかも白と黒のように「反対・真逆」のものとの認識が普通だ。が、本当にそうなのか。白に1滴ずつ黒を混ぜていって黒に到達した時(同じく黒に1滴ずつ白を加えていって白に到達した時)、間には無数のグレーが存在することになる。同様に、仮に一点の曇りもない愛と憎しみがそれぞれ存在するとしても、間に無数に存在するグレーの感情がその2つを繋いでいるとすれば、「憎みたい/憎んでいる」と「愛したい/愛している」は1つのループ(輪)の上にある感情であって、相反するものとは言い切れない(むしろ、愛と憎しみの本質的な反対概念は無関心だ、と言われてもいます)。それゆえ、オンブラの心理は「憎しみが愛にいきなり逆転した」のではなく、感情が1滴ずつ溶け込んでいくことで「憎しみから愛へと移行していった」のだと表現できるでしょう。
異なる2つの言葉で分けられたために引き裂かれた感情と、子供が背負うにはあまりに重い枷をよくぞ耐えてきたねと言ってあげたい。きっと今日も、どこかの空の下で、シリウスの可愛い誘いに抵抗できずにいることでしょう。
1ミリの誤解の余地もないほど細部まで丁寧に説明された作風で、読み手はハッピーエンドを信じて読むことができます。素敵なおとぎ話でした。 -
いま、この時に会えて、よかった2021年7月17日フォローしている方のレビュー冒頭の「まっさらで読みたい方はレビュー読まずにどうぞ」の言葉にフラッと心惹かれ、そのままレビューも作品紹介も見ずに読みました。そして改めて先の「予想を全て覆されて泣けた」というレビュータイトルの言葉が沁みました。
先日まで看病が続き、そこに暑さ疲れも重なって熱を出し2日ほど寝込んでいる間、うつらうつらしている合間合間に、兄も父も亡くなって昔からの自分を知ってくれているのはもう母しかいないんだなぁ、とぼんやり考えていたところだったので、両親と兄弟との関係の割り切れなさや祖父母の慈愛を示すエピソードの幾つかが、思いも掛けない深さで胸に刺さりました。
あるいはもしかしたら、過去のいつかの時点で自分は、同じような過去を持つ主人公たちの同じような話を読んだことがあったかも知れません。それでも、いま、このタイミングで読めたことに勝る感動はないと思いました。
人よりも抜きん出ていなければ愛される資格はないと思い詰めていた魂と、愛されるためには人と同じでなければならないと思い込んでいた2つの魂が出会い、起こした奇跡。
このお話に出会わせてくださったフォローさまに感謝します。 -
言葉や理屈より、拳でわかる愛もある…!2021年7月16日姫野菊華(ひめのきっか):ヤンキー高校の2年で番長。色白で小柄、パッと見は可憐なDK。だがその実体は、喧嘩じゃ負け知らずの男気のカタマリ。
千秋実朝(ちあきさねとも):金融関係勤務(いわゆる借金の取立屋)。長身でメガネの一見インテリ色男。だがその実体は、胡散臭い笑顔と腕っぷしに自信ありの変態。
これは、主役の二人を筆頭に、男たちが手加減なく殴り合うバトルシーンが痛快で爽快な少年漫画ときどきBL、です。
「喧嘩?殴り合い?野蛮!」と早合点するなかれ。喧嘩する連中イコール理力・知力が低い脳筋と思ってはおられまいか?そうではないのだ。素手で殴り合うということは、ただ己の身一つで相手に真っ向から対峙すること。殴った方も殴られた方と同じほどのダメージをその拳に受ける。だから全力でぶつかり合うそのぶつかり方で、自分そして相手がどんな人間であるかを誤魔化しようもなくさらし合い丸ごと受け入れることになる。まさに言語化する以前に "身を以って知る" 境地、「我と汝」なのだ。「対話」なのだ。
あぁ、彼らのバトルシーンを見ていると幽☆遊☆白書やHUNTER×HUNTER、BLEACHに胸を熱くしていた時代を思い出す…!
菊華の友人のイケメンず・高久潤平(たかひさじゅんぺい)と井関瞳悟(いせきとうご)、美形な担任教師の茅根(かやね)、先代番長の松久保(まつくぼ)、山園学園理事の甥っこ・"坊っちゃん"こと山園優(やまぞのすぐる)など、エピソードに事欠かなさげな美味しいキャラが揃い踏みで、もっと彼らの話をたくさん読みたい…!
そしてバトルが激しいほど一口が激甘に感じる、あのシーン。相手を好きすぎると却って相手の気持ちを読み損なうリアル。でも、人が誰にでも100%本音を言ってると思うなよ、千秋~(苦笑)。 -
愛すればこそ、の迷走もあり2021年7月13日以前、ある小説家が、自分は出版社やSNSを通じて読者の声を知る他に書籍販売サイトなどにレビューを見に行くことがあり、レビューの数=読者数ではないがレビューが少ないと手に取りにくい人もいるだろうと思うと、どうか一言でもレビューをお願いしますと祈る自分もいる、と笑っておられました。
レビューが多い人気作や優れたレビュアーの方達が投稿している作品は安心ですが、自分が感動や色々な感情をもらった作品にレビューが少ないと、私もごまめの歯ぎしりであっても何かできることはないかと落ち着きません…。
このお話は、広告代理店勤務の木野一(はじめ)が、誰にも内緒の週末ごとのお楽しみ(着ぐるみイベントに行くこと) の最中、ついに理想の"恋人"に出会う…という55ページの短編です。
主人公が、着ぐるみモルモル愛が高じてまんまと公私混同してのけたり(?)、モルモルとそれを演じる加賀谷を天秤にかけてみたりと、可愛くておかしくてハラハラするエピソードがテンポよく続きます。恋も初めてのあれも瑞々しい!
宇喜多作品を読むのは『switch』『鵺』に続き3作目ですが、自分が文章を読み書きする時のリズムと近い部分がある気がしています。
タタタ、タタタ、タタタ、タ、タタタ、タタタ、タ…
タタタ、タタタ、タタタ、タ、タタタ、タタタ、タタタ、タ…
ある作品に惹かれる理由にはそういうこともあるなぁと改めて気づかせてくれる作品でした。
ところで冒頭の小説家は、レビューの内容をどう思うかと訊かれ、作品を送り出したからには肯定・否定どう思われてもいいと言った上で、レビューには面白かった辛かった泣けた笑ったという読後感を綴ったものや内容に踏み込んで考察するものなど色々あることがよく、自分のフィーリングに合うレビューを探すのは楽しいと思う、自分自身は本の内容紹介プラス考察というオーソドックスな書評スタイルがしっくりくる…というようなお話をされ、そういうものか、と感じたことを覚えています。
自分がレビューを書くようになってからは常にそれが頭のどこかにあり、内容紹介に挑戦しますが、いつしか迷路に入り込み、"紹介"ならぬ"暴露"になって猛省、つい先頃も投稿後ものの数時間で書き直す羽目に…。あぁ、穴があったら己を埋めてやりたい(運悪く配慮に欠けたレビューを目にされた皆様には心の底からお詫びします)。 -
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誰になんと言われようと、好きなんだ!2021年7月1日修道騎士の美しき司令官レオナールを敵の帝国軍将軍ジェマルが国に連れ帰るところから始まるお話。修道騎士ってことは中世の十字軍?どこの?…と即座に思われた方はかなりの歴史好きとお見受けしますが、こと、この作品については背景など深く考えずに物語として楽しんだもの勝ちかと…。
個人的には、絵を愛でる作品と思っています(もちろんお話も大好きですが)。伏し目がちにした横顔。吐息をもらす唇。背後から切りつけられ思わずのけぞる体。闘技場を上から見下ろす視界…。漫画家だから当然だよと言われればそれまでなのですが、小笠原先生は本当に「描く」ことがお好きなんだなぁ~と感じ入り、アングルの一つひとつにまで見入ってしまいます。
あぁ、絵を愛でると言うことでは、数あるあのシーンも外せない魅力。レビュー欄をご覧になれば、レビュアーの皆さま方の興奮の理由がおわかりいただけるはず。
ともあれ、誰がなんと言おうとジェマルはレオナールが好きだし、レオナールはジェマルが好きなんです。そして私もこの作品が好きなんだ!それだけです。
(午前3時起きで仕事に仕掛かる生活3日目、自分がフォローしている方々のレビューに癒しと感動と勇気をいただいていることに心からの感謝を捧げます) -
「夜はおまえのみだらな下僕に…」2021年6月28日王位を継いで2年、17歳の王・ヘルマンが、隣国の王から国の安寧と引換えに身を捧げよと迫られ思い余った末に取った行動は…?
明日には敵に手折られんとする主人公が、恋する相手にはじめてを捧げるというお話は王道でもあるでしょうが、相手の美しい馬丁が騎士のごときリード +α で主人公の体を官能に開いていくそのエロみが、池玲文せんせいの表紙絵の美麗さと相まって、いい味わいになっています。
ストーリーよりはエロ重視の方へ。63ページの短編(アプリ限定)です。
(フォローしている方が手早いエロ補給をご所望のご様子、自分もわずかでもお手伝いできたらと既読の短編から選びました) -
行かせてくれ!と走り出したい2021年6月27日(読み放です)
移民街で生きる17歳のユキ(ユキオ)が病弱な弟の入院費のため盗みに押し入ったヤクザの事務所で、青道会若頭・兵藤に出会うところから物語は始まります。
友人から寄せられる好意。過去の因縁との決着。ヤクザの抗争の背後にある思惑。消息を求めて彷徨う、かの地。外しても外しても絡みつく桎梏。誰にも知られてはならない関係 …。
謎が謎を呼び巻を重ねるごとにハラハラが増す……のに、ん?誰と誰がいつ出会っていたっけ?この人たちはどんな因縁?と少々混乱。そこで登場人物たちの相関図を自作してみたらストーリーがクリアに!俄然、面白くなってきました。
いま自分がフォローしている方の(フォローさせていただく以前の) レビューを見つけ感動…!「『囀ずる鳥は羽ばたかない』に匹敵する読みごたえ」というレビューがピッタリです(流石)。
読みながら何度「止めないでくれ!」と叫びながら、制止する家族や友人の手を振り切って物語の街に走って行きたくなったことか(いや行けないし)。兵藤の目がこちらを見るたびに(見てない) ドキっとして思わず目を伏せてしまいます(バカ)。
開いていた物語のループが6巻で戻ってきた感。いよいよ次からクライマックスに向かうはず。私もいつまででも待ってます! -
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「恋とは、どんなものかしら」2021年6月25日恋の病にかかった人に現れるハート型の発疹。このアレルギー反応はちょっと厄介でクセモノですよ。
恋愛の何がいいかって、相手の何気ない視線だとか、さりげない言葉だとか、ふとした行動だとかに「も、もしかして嫌われちゃった?」とガクーッとなったり「やっぱり私のこと好きだよね?」とヒャッホ~ゥとなったりするところですよね?(あくまで個人の感想です)。
ちょっとした視線や言葉や行動の裏にある相手の本当の気持ちを、ああかな、こうかなと推量して、当たったり外れたりに一喜一憂。反対にこっちの気持ちを誤解されたりナイスキャッチしてもらえたりにも、一喜一憂。このアゲとサゲが代わりばんこにやってくるのが、しんどいけど醍醐味なんです(あくまで個人の 以下略)。
でも、このアレルギーがあるせいで、「マークがある!ってことは好きってことだよね」と結論に飛びつきかねない。「相手にハートマークが出てるイコールこちらのことが好き」「こっちにマークが出たイコール相手のことが好き」と『わかったつもり』になっちゃう。言葉で確かめるまでもなく気持ちは明らかだ!となっちゃいかねない。
それでいいじゃん?何か問題ある?
うん、確かに、もし人間の気持ちが全部「あれかこれか」「オンかオフか」「好きか嫌いか」だけでできているなら、それもいい。でも人の気持ちって「好きだけど(今は)嫌い」「トータル好きだけど、ここは嫌い」とか、グラデーションだったりするから、大雑把な二択では自分でも把握できないし相手にも伝え切れない。
抗アレルギー薬に「飲むと、好きという気持ちが自覚しにくくなる」という副反応を設定された末広マチ先生は天才ですね。ハートマークは可愛いし一見わかりやすいけど、やっぱり生き生きとした気持ちを言葉と態度でも相手に伝えたい!
このお話の二人は、小さい時いじめっ子から守り守られた幼馴染み同士。誰よりも強い絆と思いで結ばれている王道の安心設定、ピュアッピュア系BLで、気持ちが前向きになれます!
フォローしている方がこのお話を紹介してくれました。ありがとうございます。さ、私は嵐のヤツに「お前はモーツァルトか(ケルビーノのアリアか)!」とツッコミを入れつつ、王道を離れて獣道に行こうかな? -
周囲を軽々とブン回すアーニャが好き2021年6月25日冷戦下、西国(ウェスタリス)のスパイのエース、ロイド・フォージャー(暗号名・黄昏)が、こちらもそれぞれワケあり・思惑ありのヨルとアーニャを妻と娘に仕立てて偽装家族を演じつつ、東国(オスタニア)総裁を監視する任務に奮闘するお話。
任務遂行中の黄昏のクールな格好よさをスタイリッシュで洗練された絵で描きながら、他のキャラと絡んで話がコメディに転ぶおかしみがクセになります。
「スパイが主役なら or このキャラ設定なら、ストーリーはこうあるべき」「この先のエピソードはきっとこうなる」などという、我々読み手たちの古くさく月並みな想像をあっさり裏切り、キャラの過去のシリアスな因縁や、私たちの日々の閉塞感すら軽くかわしながら疾駆していく展開が痛快です。
この晴れ晴れと軽やかな魅力を体現しているのがアーニャですよね!ボケであると同時にツッコミでもあり、その生来の特質ゆえ、混乱した事態を俯瞰する一方でますます攪(カク)乱もする。状況に振り回されているようで逆に周囲をブン回す!時にユーモラス、時にシニカル、ネガティブとポジティブをクルクル行き来する彼女の発言や表情が私たちを魅了してやみません。
各巻の表紙絵がミリタリー感あるオリーブドラブ色で統一されていてオシャレ、かつ、キャラにぴったりな椅子とか遊びのある小物配置にくすぐられます。ダークファンタジーにお疲れ気味の皆さまや、ギャグや物語性が好きな諸姉諸兄、だけでなく、ディテール好きな方々にも、ぜひ。
シーズンを重ねるにつれ、いっそうきらめきを増すオープニングとエンディングの映像と、軽快で洒落た音楽。息づかいまでもが「彼らそのもの」だと思わせる声優陣の演技。この作品の魅力のひとつが「軽妙洒脱」(=あっさりしている中に面白味があり、洗練されていること) だと改めて感じさせてくれるアニメも、言わずもがな、最高でおすすめ!
(ちなみにレビュー当初は、連載が何年も不定期な某有名漫画と同じことが起きないかと不安なあまり、最新刊を買っても読めずに次を待つサイクルの繰り返し。
ですが、2022年~のアニメ化を機に編集ご担当者のSNSをフォローし始めると、作品の面白さを届けようとする氏の熱意にほだされ、声優陣によるぶっ飛び「キャラクターお絵かき」に爆笑したりするうちに不安も薄れ、最近とうとう最新刊まで読みきりました。
そしてもう、当然のごとく次が早く欲しいです…) -
絵で仕掛ける見事なトリック!2021年6月24日猟奇連続殺人犯に精神科医・浅野克哉が戦いを挑む。
犯罪ミステリーやサスペンス系の映画・小説が苦手な方は、精神的・肉体的な暴力描写があるのでご覚悟を。逆に『サイコ』『羊たちの沈黙』『セブン』『ハンニバル』等の映画や『FBI心理分析官』などの犯罪実録に馴染みがある方なら、あちこちに巧みに張り巡らされたエピソードや記憶の断片という伏線を一つひとつ把握し、魅力的な造形と内面を持つ人物たちに心を鷲掴みにされながら息もつかせぬスリリングでスピーディな展開にのめり込むはず。ひとたびこの世界観に足を踏み入れて、抜け出せる人などいるだろうか。
2021年現在4巻まで発行。仮にこの先の物語の流れが定石通りに、特定→追跡→攻防→対決→大団円、と進むとして、あと2~3巻…?もっともっと溺れるほどこの物語に浸りたい。
皆さんのレビューにもあるように4巻の読了後に1巻に戻ると、あぁ、それで下だけなのねと腑におちる。作者が読者に仕掛けたトリックのキレはアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』みたいで痛快です(話の内容やオチのことではありません)。 -
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副題は三流(以下)ですが、物語は逸品2021年6月22日(読み放は2021/6/30までです)
「映画みたい」と称される作品は少なくないですが、この作品の描写は映画そのもの。たとえば映画では、画面の中のストーリー進行とは無関係に人物の独白が淡々と流れるシーンがよくありますが、この物語にはその手法が多用されます。
同時に、過去と現在、さらに少し先であろう場面の映像やセリフがストロボのように点滅し交錯します。
カメラのピントが合っている人物はクッキリと、そうでないものはぼやけて見える、あのコントラスト(対比萌え)がコマの中でも再現されています。
人物の心情表現も然りで、最も知りたい部分には触れずにスルッと画面が移るのも映画的。いつ恋に落ちたとか何故惚れたのかとか、ともすると心情に強い光を当てて影も消えるほど隅々まで照らし出す作品が多い中では異色な部類。何でもかんでも説明されるのは興醒めという方はお好きなはず。結構難解ですが、そのわからなさも醍醐味です。わからないな~と反すうしている間ずっと作品を楽しんでいられますし…ね?
あぁ、再会のシーンが無音で進む美しさときたら…。
1945年1月、ドイツ--5月に降伏することを知る由もなく、第2次世界大戦下に愛しあい生き抜こうとするナチ党武装SSのマイヤー軍曹とローベルト中尉のお話です。 -
君のいない人生に喜びなんてない2021年6月21日表題作+2作品の短編集。
お話を読む前にみなさんのレビューを見て3組ともハピエンだとわかったとしても、作品の素晴らしさと感動は少しも損なわれませんのでご安心を。「どういう結果になったか」より「どんな過程を経たか」にこそ独自の表現があって、それを味わうことイコール読むことの喜びだろうと思います。
芸術はディテールに宿るとは先人の言葉ですが、作者の描く人物たちの目つき口元、首や体の傾き、手の握りや開き具合、立ち位置やアングル、映り込んでいる小物の1つひとつに至るまで、「確かにこれ以外にはあり得ない」というバランスでそこにあり、しばし見入ってしまいます(床に転がっているチッチの足の角度や、玉手ちゃんが食卓で後ろ手に隠し持つ携帯、八木が飲み物の湯気の熱さにしかめた顔つき etc.)。
3編3組の主人公たちは皆、「この人がいない自分の人生はどうなるのか」と考える岐路に立たされ、彼らなりの結論を出します。その過程がとても素敵でした。
表題作『子連れオオカミ』には『オオカミの血族』という続編があります(そちらの読後に再び本書目次のカラーイラストを見ると感慨無量です…)。 -
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一口サイズだけど、甘くておいしい2021年6月17日書籍紹介文にある通り、シリーズ第1巻『竜は将軍に愛でられる』のエンディングから3ヶ月後のとある1日の朝から翌朝までを、竜人アゼル、将軍ランドール、宰相エイムズ、副官ルースの4人それぞれの視点から描いた短編集。全46ページ。朝ですよ~、将軍……もぅ ///∇/// のどかで、たいがいおバカで、甘いです。でもプチフールサイズの甘さなので胃もたれの心配はないですね。ごちそうさまでした~。
★蛇足ですが、フォローさま~、小さいサイズのお菓子のことはフランス語でプチフールpetit four(意味は『小さい窯』small oven)ですよ~プチ・フルールpetit fleurは『小さい花』という意味で洋菓子店チェーン様のお名前です~; -
ピリッとした味わいをオブラートに包んで…2021年6月15日作者愛が伝わるみなさんのレビューで、このお話のあらましもキャラの魅力も語り尽くされていますが、確かに心が休まります。
たとえ、いい大人のオトコが親しい人の前で自分を七海(ななみ) と呼んだり、脇が甘くて隙だらけのせいで案の定つけこまれたりしても、あざといとかイラつくと言って途中で本を放り出してはいけない。よく読んでいくと、可愛いさ満載の絵柄ながら、作者がどの人物のことも怖いほど冷徹な眼で見つめ、それぞれのちょっとしたイヤな部分をジリッとあぶり出していることに気がつく。近所のおじちゃん、会社の先輩、有田、京子さん、兄ちゃんズも章造も親父さんすら。悪意の自覚のないジョークや噂話、気のきかなさ、エゴ。善人度100%の人間はいない。
そんな現実そのままの生々しさ・苦々しさを和らげ甘く飲み込みやすくしてくれる可愛いらしい絵柄と巧みなストーリーテリング。ピリッと舌を刺す刺激を思い出しては時々読み返したくなり、そしていつ読んでも優しさにホッとします。 -
さよなら…2021年6月14日『さよならジュリエット』と『密林の二人』『戦場にかける恥』をどうしても読み返したくて購入。
『さよなら~』上司に連れられてきたゲイバーで高校時代の知り合いと言い張るオカマちゃんに出会うも「記憶がない」…と始まるお話(ここまでわずか7コマ!) 途中、サクッ、サクッと刺さるセリフも捨てがたいが、圧巻は一連のエンディング。俗に「再会もの」と呼ばれる話でこんな展開は後にも先にも見たことがない…。
『密林~』『戦場~』第二次世界大戦下のベトナムの密林で、友人同士のジェームズとジョンは××を掛けて戦う…!『戦場~』はアカデミー賞映画のタイトルのパロディだし、ふざけ過ぎの内容を全く受け付けない人もいると思うが、私は当時から作者の多面性が好きだ。
1990年代後半からの短編集で上記3作以外は非BL(少女マンガ枠)。この本の姉妹編に『うすあじ』もあります。 -
きっと、もっと、ずっとエンドレス!2021年6月13日このシリーズ、どこまで行くの?…という疑問がチラと脳裏をかすめても、無視無視。「好きなキャラのお話はできるだけ長く読んでいたい!」というみんなの欲求を満たしてくれるお話にヤボなことは言いっこなし。
…と言いつつ小声で白状すると「やたら登場人物が多くて」「ほぼ皆オトコ同士でデキてて」「長編化してる」系のお話、コミックも小説もしばらく避けていました。まず「これほどのキャラのラインナップ、必ずあなたのお気に入りが見つかるはず!」と乙ゲー的・カタログ的・戦略的に差し出されると、気持ちが引く→物語に没入できないジレンマに。そして『ツラいエピソードはラブをより甘くするスパイス(スイカに塩) 』的パターンがどのカップルでも繰り返されることや、「みんな同じ攻め専・受け専学校でお作法を学んだの?」と思いたくなるほどアノ時の喘ぎ方や肉体的反応が似通っていることも気になってしまう…。
でも「これはそういうお話なんだから」とそのまま受け入れてみたら、とびきり楽しい世界が待っていました。たまにはユニ*ロ的・画一的な様式美もいいな!そう、これはカッコいい男たちがアレしてコレしてハァハァしているのを楽しむお話なのです。私は武笠×深津推し(大富豪攻めと赤貧受けがおずおずと紡ぐ恋がツボ)。 -
描線1本1本、くらりとするほど煽情的2021年6月12日しなやかな肢体に少年の面差し。多勢に無勢でも立ち向かう闘志や誇り高さとは裏腹に、屈辱的な拷問に苦鳴を放ち身をしならせるヤマモト中尉の姿に、アービング大佐ら敵将だけでなく部下のタカムラもが心を奪われ劣情をかきたてられたのは、無理もない…としか言えない。
時々「そそられる色気」「色気がダダ漏れ」という表現を他作者の作品レビューで見かけても、作中キャラ達のセリフでそう書かれているとそんな気にさせられちゃうよね…と思う場合も多い。が、水上作品では描線のケタ違いの説得力がこちらの全てのシニカルな何かを、凌駕してしまう。体で快感を得てしまった悔しさにヤマモトが噛みしめる唇、寄せられた眉と赤らんだ目元、あふれ出る二筋の涙に至るまで、なんと饒舌なことか!
読み返すたび、季節がめぐるシーンのところで、ふいに涙が出そうになる。深まる心情がひたひたと胸に迫るのだ。誰が誰のどんな虜囚なのか。目でなぞるようにゆっくりと味わってみてはと、そっと勧めたくなる一品。 -
オメガバースの真髄を教えられた2021年6月6日本書の前後にもオメガバース系を結構読んだが、格別に心を打たれた一本。ストーリーについては既に素晴らしいレビューが幾つも上げられているので、少し違う観点から。
昨年、十数年ぶりにBLに戻ってきて衝撃を受けたことが2つ。1つは敬愛する作家陣で引退・他界された方が少なくないこと。もう1つはオメガバースの隆盛だった。正直、違和感を覚えた。
それは、「αとΩが主役でβは (何をどう言い繕ったところで所詮) モブ」という大前提にそこはかとない選民思想の匂いを感じたり (すみません)、成功者αたる運命の番=白馬の王子様が迎えに来て万々歳という昔の少女漫画的・ハーレクイン的・ディズニー的・ご都合主義的テンプレ (まとめてホントにすみません!)を感じたから。
そもそも生理・生殖に縛られた女という性を生きる生きづらさを感じているからこそ、純粋に愛情だけで結びつく関係の理想をBLに求めた人が多かったはずなのに、何故わざわざ妊娠・出産・育児を持ち込むのか…とも。
だが、この作品で腑に落ちた。
そっか、オメガバースは「生きづらさ」というテーマのバリエーションなんだな。制約のない自由などない。そして誰もが等しく生きづらさを感じている。
ともすると「主人公になるべくして生まれた稀少で尊い存在」とか「絶対不可侵の絆で結ばれた2人」などとして描かれがちなαとΩも、そんな「世界の主人公たち」の引き立て役・背景として雑に描かれがちなβも、この物語の中では特別でも例外でもない。
αだから容易に生きられるわけではなく、βだから悲しみを感じずに生きられるわけでもない。テンプレ化された幸せの確約はなく、生きる上での苦しみをどうやって乗り越えていくのかと問いかけるオメガバース。
そこに安穏としていられなくなったのは残念だけど、美化され尽くした世界観からリアルさを取り戻し、登場人物たちの心情をありありと感じられる世界になってきたことを喜ぶべきかも。
そう思いつつ二読、三読してみる。吐木が火傷を負った円を見舞う病室から見えた青空と、円に本を貰った女子中学生がこぼした涙が、美しくて胸に沁みた。
そして改めて表紙絵の窓ガラスを伝う雨の雫が、ガラスに映り込んだ円が吐木をあざむく苦しみにのたうち人知れず頬を濡らす涙、彼の慟哭に感じられて胸を刺した。
もしも似たような理由でオメガバースが苦手な方がいたら、この本をお勧めしてみたい。 -
まずはお披露目2021年6月4日自称フリーライターと刑事が、共通の敵を倒すため協同し関係を深めていくストーリー。本命の敵との戦いは次巻以降に持ち越された形で、この巻は主要人物のお披露目といった感。いわゆる、「感情表現を排除し、情景の客観的な描写に徹する」というハードボイルドのセオリーに則った筆致によって、強い男同士という輪郭がきちんと浮き彫りになっている。その一方で、(ハードボイルドであろうとするがゆえに)互いに相手になぜ惹かれるかの「心情」が描かれないまま二人が体を重ね続けるので、シーンとしての妖しさはあっても、彼らの肉体が繊細に感じているはずの快楽まではこちらに迫ってこなくて、もどかしい。話の全貌が未だ、小山田先生が描く素晴らしい表紙絵のようにおぼろな薄闇の中、特捜の桐山にはくっきりとした色を感じられ、楽しみ。
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不穏な予兆にハラハラ2021年6月3日幾多の困難を越えて固く結ばれたディックとユウト。警官としてはユウトが新たなバディともどうにか上手くいきそうでホッとした---筈なのに、何だろうか、この不安は。凄惨な過去を振り返っては、深く愛し合える相手のかけがえのなさと今の幸せをこれでもかと強調される一方、「『ユウト、覚えておいてくれ。この先、何があったとしても俺はお前だけを愛している。お前の幸せだけを願っている』やけに真剣な口調だった」「俺のためにしたことで、いつか取り返しのつかない事態が起きるんじゃないか」と、二人を待ち受ける最悪な事件を予感させる言葉の数々。こうなると新しいバディがあてがわれたことにすら懐疑的になる。どうか作者には、よもや主人公たちの命を軽々に奪うような仕打ちだけは決してしないでくれと今は願わずにいられない。
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したたる色気にあてられる!2021年6月3日高校剣道大会の決勝で戦った花森勝臣と八重樫剣(つるぎ)。風のように捕らえどころがない剣の表情や言葉に刀のようにハッと胸を突かれる勝臣。他方、がむしゃらな太刀筋を裏切るような勝臣の優しさ、懐の深さに慕わしさを覚える剣。もし、互角の剣士同士としてだけでなく間合いを詰めたなら?もし相手を本気で好きになってしまったら、もう対等でいられなくなるのか?勝臣に心が傾く自分自身から逃げて足掻く剣に対し、剣への恋情を潔く自分に認めた勝臣は腹をくくれと真っ直ぐ剣に向かい合う。互いにのみ分かる言葉や視線の応酬の中に二人の熱情と迷い、覚悟が読みとれ、したたるような色気にあてられてしまうはず!第1話が1990年代に書かれた作品。名作。
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「溜め」に心惹かれてやまない…!2021年5月25日やむにやまれぬ思いで読み返す。なぜこうもこの物語にずっと心惹かれるのか。ヤクザという立場の危うさ、何かのきっかけで関係が失われるかも知れないという際どさ、対立場面で見せる硬く険しい表情と言葉。そしてそれらとは対照をなす二人の純情と一途な恋。すべてが愛おしくてたまらない!なんのセリフも音もなく表情だけ描かれたコマ、そこに気持ちの「溜め」を読みとり、目元や眉、口元のわずかな角度や開きに心情を汲みとろうと目を凝らしてしまう。マンガはそういうものだけれど、西田先生の「溜め」は一種独特で物語としても美しく釘付けになる。
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骨太の物語に酔う2021年5月25日20年近く前にも紙版で酔いしれた骨太の物語。使命と恋、その二つを同時に手にできない心の弱さや立場のもどかしさに途中何度もギリギリと胸を締め付けられ、立ちこめる暗雲の分厚さに心が折れかけても、手に汗握りながらシンやイーサンと共に事件の真相を追い求め、主人公たちの力強い絆と恋が成就する未来を祈り続けずにいられない。五百香ノエル先生の理想とする攻め像(金髪碧眼・超絶美形。性格にかなり難ありだがいずれ甘々)が今回も爆発。稀代のストーリーテラー五百香先生の新作が二度と再び読めないなんて今でも信じたくない。再版し電子版のラインナップに加えて欲しい名作がたくさんある。
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キャラと世界観にしびれる2021年5月25日以前ノベルズ版を手放し、今回、文庫バージョンを電子版で買い直しました。
ノベルズ版の第1巻の発売は1996年。
ヤクザでフェロモン垂れ流しの色悪の攻め・黒羽と、研ぎ澄まされた日本刀のごとき佇まいだが丁丁発止のやり取りで一歩も引かない受け・鵙目の、心情について多くを語らない唇と、相反する雄弁な眼差し、体。痺れる人物像と世界観で当時大人気を博し、後年似た作品が続々登場したことからも如何に人々の想像力を掻き立てたシリーズであるかが窺えます(主人公達の掛け合いから脇役までプチ黒鵙ワールド?と心踊る「真昼の月」、ノベルズ版第3巻の表紙のtransfer?と胸ときめく「VIP」等々、あわせて読むと楽しい)。
出来事を通じて変化していく互いの関係や、それをどう思うのか本心を探りあわずにいられない心情を、語りすぎない情況描写や行間から読み取り味わうのが好きな方にお薦めしたい!