不出来な悪魔
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不出来な悪魔

麻生ミツ晃

振り幅の大きい短編集

ネタバレ
2021年8月13日
このレビューはネタバレを含みます▼ ▲表題作『不出来な悪魔』はサイトウさん視点から話が進み、続く『未熟な悪魔』に繋がる前に流れるように五十嵐視点になっているところが素晴らしくて、毎度構成に唸ります。予想しえない二段ひねりにも感服です。サイトウさんも五十嵐も相手のことどころか、自分のことさえ捉え切れておらず、タイトルに納得。
「欲しいものって?」に対する五十嵐の答え方に、もう一つの欲求と拮抗していたと読み取れるセリフ回しと表情が流石だと思いました。サイトウさんの携帯の自分の登録名を知ってもサイトウさんを待つ執着。彼にとって、一目惚れを越えて、"仕込んだ身体”は2つの意味で強烈な印象を残してしまっています。そして、本音をさらけ出さずにいられなくなった不出来な悪魔と未熟な悪魔は、何となく補い合っていける気がしました。
▲『明日、彼らは』は安心して読めるDKのお話です。
▲スクールカウンセラーと背中にアザがあるDKのお話『青いカルテ』は、評価が分かれるというか、受け付けるか受け付けないかレベルで読み手を選ぶと思います。私は、この作品が1番心に残っています。気持ちをえぐられますが、この救いのない話に、「救いのないことを伝えてくれる人(作者さん)がいる」という一筋の光を見るのはおかしいでしょうか。正しい距離感を取れないカウンセラーは失格であるということは本質ではなく、将来を悲観し諦めているわけでもないけれど(歪みにすら気付いていないので)、2人ともが救われる道がないという事実だけがそこにあります。切実な苦痛を和らげたいがための行為と受容。「君たち怖い」と後ずさる心優しい隣人との対比。「暴力は=愛情である」の連鎖が生む悲しすぎる結末。答えはなく、切実な苦痛を抱え、切実に「必要とされたい」と望む人がいるということを突きつけられるだけに思えますが、その歪みは果たして…と考え、この物語を自分の中に残すことが私にとって意味があるなと思う読後です。
▲最後の『流れるように』は、リキュールを擬人化したお話で、とても面白かったです。よくこんなことを思い付き、よくここまでしっかりとストーリーを組み立てられるなとまたまた感服です。
(8/26までセールですが、『青いカルテ』は暴力や流血がありますので心してどうぞ)
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